西日本豪雨と、陸の孤島からの脱出劇

余裕を持ったタイムスケジュール

和歌山市駅に到着したら大阪方面に向かう南海線JR阪和線、バスのすべてが運休していた。運休を知らせる張り紙を読むのみならず、改札を塞ぐ駅員に直接尋ね、座り込む人たちを見渡して、やっとぼくは現実を受け入れた。プレハブのような駅構内に外の雨音が響いていた。当時は知る由もなかったが、後に「西日本豪雨」「平成30年7月豪雨(7/9に気象庁命名)」と呼ばれることになる集中豪雨、災害の序章にぼくは立ち会っていたのだった。

時計を見ると10時45分頃。釜山行きの『パンスタードリーム号』が大阪南港から出発するのは17時丁度だ。大丈夫。そのうち動くだろう。ただ油断は禁物だ。次の写真はアプリで事前に調べた乗り換えルートと時間のスクリーンショットである(コスモスクエアは大阪南港の最寄駅)。

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この時間を意識して和歌山観光を切り上げるつもりだった。17時の出発だけでなく、16時の「出国手続き締め切り」、15時の「乗船手続き締め切り」まで考慮して、さらに余裕を持ったタイムスケジュールを組んでいた。12時59分までまだ2時間以上ある。流石に2時間以上電車が運休することはあるまい。ぼくはこんなときも、慌てずに、賢く、有意義に過ごしてやろうと思った。

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パンスタードリーム号のチケット

 


本当のタイムリミット

まず、パンスタードリーム号のチケットをプリントする必要があったのでセブンイレブンに行きネットプリントをした。ついでにミネラルウォーターを買った。濡れたバックパックを、人の邪魔にならない場所で丁寧に開き、荷物を整理した。さて、そろそろ電車は動き出したかな。改札前に戻ったが、電車は動いていなかった。雨は思ったよりも酷いようだった。オーケー。まだ大丈夫。ぼくは頭を使った。最悪の場合タクシーになるだろう。大阪南港までの時間と金額を知っておく必要がある。ロータリーで運転手に話を聞いた。曰く、3時間で3万円という。普段ならもっと早く、もっと安いが、大雨であまり見通しが立たないらしい。余裕を持ってこの時間と金額とのことだった。オーケー。把握した。こんなときもぼくは、運転手がこてこての関西弁を話していることをどこかで面白がっていた。

改札前に戻ったら次に『パンスタークルーズ』に電話した。船の欠航はあるのか、キャンセルや便の変更はできるのか、そして、もし到着がギリギリになる場合は何時がタイムリミットになるのか。

船は通常運航。キャンセルや便の変更はチケットによって違うから自分で確認してほしい。タイムリミットは16時20分。そして、「本当のタイムリミット」は16時40分だと言われた。

ただし、「本当のタイムリミット」までに「本当に間に合う」なら待つが、間に合う可能性がわからないなら、待たない。と担当者に念を押された。

「タクシーか電車かまだわからないのです。状況を見て最適な方法で行きたい」

ぼくの状況と気持ちは伝わったらしい。進展が見え次第その都度連絡をとっていく方向で担当者と話がついた。

「ダメそうなときも連絡します。お名前伺ってよろしいですか」

女性は、キムさんと言った。

パンスタードリーム号のタイムリミットが16時40分なら、3時間を要するタクシー乗車を決断するタイムリミットは13時としておこう。オーケー。ちょうど良いではないか。12時59分までに電車が動けばそもそも問題ないのだ。ぼくは自分が冷静に動けていると思っていた。

 


あいのり

まだ電車は動かない。この豪雨はとても珍しいものであるようだった。もしタクシーになるなら、ひとりで3万円も払うのは避けたい。ぼくは最悪の場合の、タクシーの相乗り仲間を探そうと思った。おずおずと周りを見渡して、何人かに声をかけた。声かけの基準は「キャリーバッグやバックパックを持っていること」だ。旅行者は航空券、特急券、ホテルの予約などの時間的、空間的制約をなにかしら抱えている可能性が高い。要するに、ぼく同様に切実な状況であれば、彼らにとっても渡りに船だろうと考えた。やがて、韓国人らしき1組のファミリーと話がついた。

彼らは難波を目指していた。

「まだ相乗りをするか決めかねている。しかしもしそうするなら一緒に行こう」

ファミリーの長女が少し日本語を話せたので、ぼくは長女とそう約束した。名前を聞かれたので答えた。

「たいchilloutです。あなたは?」

「ツキコです。ツキコは日本での名前です。たいchilloutくん、よろしく」

ツキコさんファミリーと約束を取り付けた後も、運転再開を待ちながら、何人かと話した。トイレは改札内にあったが、改札は開け放たれ、皆自由に出入りしていた。非日常であると感じた。ぼくがトイレに行くときは、隣にいた上海からきたカップルに荷物を見てもらった。

 


陸の孤島

やがて、南海線の一部が運転を再開した。難波~尾崎間。残念ながら和歌山市駅はその区間に含まれていなかった。和歌山市~尾崎間が最もひどい冠水状態にあるようだった。いつのまにかアナウンスは「運転再開には相当な時間がかかる見込み」に変わっていた。必然的に、電車を待つのでもタクシーで直行するのでもない第三の選択肢が導かれる。尾崎までタクシーで行き、そこから電車に乗るルートだ。よし、確認しよう。ぼくはもう一度タクシー乗り場で、運転手たちにヒアリングした。

しかし状況は悪くなっていた。運転手たちは、尾崎までであってももはやどのくらいかかるかわからないという。たどり着かない可能性もある。大阪南港なんて考えたくもない。そんな様子だった。

電車が止まればタクシーで行けば良い。心配すべきはお金だけ。東京で終電を逃しても、タクシーならいつでもどこへでも行けた。それがぼくの常識だった。どうやら道路は冠水するらしい。道路すらも通れなくなってしまう可能性をぼくは全く念頭に置いていなかった。陸の孤島というやつだった。

 


笑い話にできるかな

奇跡的な運転再開を願うことしかできないまま、12時を過ぎた。釜山の宿も予約していた。このくらいのトラブル、あったほうが面白いと思った自分はまだ、なにもわかっていなかった。タクシーが無理ならヒッチハイクもダメだろう。当たり前だ。ダメかもってときに、本当にダメなときもあるんだな。こうなるなら大阪に泊まっておくべきだった。落ち着いたら友人、知人に連絡しなきゃ。満を持して旅立ったわりにはかっこわるいけど、これも笑い話にできるだろう。船やホテルのキャンセル料には目を瞑ろう。少しずつ、ダメだった場合のことを考えはじめたとき、ツキコさんから声がかかった。

「尾崎までタクシーで行きませんか?たいchilloutくんは2000円で良いです。残りは私たちが払います」

間に合うかはわからない。でもそのルートでトライしてみるしかないとぼくも思っていた。

 


旅の始まりのドラマ

雨の降るタクシー乗り場に行った。運転手たちはやはり乗り気ではない。行けるという人もいれば、行けないという人もいる。運転手同士が、お前行けよ、と客を押し付けあっている。とても奇妙な光景だった。そのうちの一人とツキコさんは値段交渉に入った。一方でぼくはファミリー4人とぼく1人の合計5人が乗れるタクシーがそもそもないことにこのときになって気がついた。なんという考慮不足。ぼくは混乱したまま別のドライバーに分乗できるか提案していた。分乗してどうなるんだ。それじゃあツキコさんたちにメリットがない。ファミリーは4人で乗る。ぼくは1人で乗る。それはもはや分乗でも相乗りでもない。ただタクシーに乗るだけだ!全額自己負担!!

関西弁のタクシー運転手たち、少しだけ日本語を話すツキコさん、不安げに寄り添うツキコさんのご家族、標準語のぼく。土砂降りのロータリーで誰がなにをしたいのか誰もわからないとき、新たに3人の男女が乗り場の側にきていることに気がついた。夫婦らしき2人組と若い女性ひとり。パッと見で、彼らも相乗りの話をつけてきたのだとわかった。

「尾崎に行きますか!?」

ぼくはそう聞いたと思う。ほぼ同時にツキコさんと運転手の値段交渉は決裂していた。

何時になっても良い。いくらになっても良い。3人の男女とぼくは同意見で、男性が運転手と話をつけてくれた。話はスピーディーにまとまった。

もうこれしかなかった。ツキコさん、ぼくはこっちに乗る。ダメならダメで良い。やれることはやった。これで間に合わなくても、前向きに次に行けそうな気がした。旅の始まりのドラマとしては上出来だ。やっぱりこの旅はついている。こんな状況でもぼくはそう考えていた。ぼくは助手席に乗った。タクシーは和歌山市駅から尾崎駅を目指して出発した。

(たいchillout)