【モンゴル/ウランバートル5】simカード購入編

好きな街

2人はぼくより先に起きていた。出発は10時だった。ミリーとは別の、英語を話さない中年女性が用意してくれた朝食を3人で静かに食べた。ソーセージと玉ねぎの炒め物。マッシュポテト。玄米風ご飯。シチューに似たトマトソース風の何か。これらがワンプレートに収まっている。こう書くと普通だが紛れもないモンゴルの家庭料理だった。美味しかった。この朝食を含めて一泊の料金が1,000円に満たない。食後はシャオロンにスリランカのお茶をもらった。

ゲルに一泊する準備をした。バックパックは宿にキープしてもらう。着替えも持っていかない。Tシャツ、下着、靴下の最後の1セットを昨夜から着ており、それ以外はすべて洗濯機に入れてしまったのだ。石鹸と歯磨きセットだけをデイパックに移し替える。

「たいchillout?シャオロンがsimカードを買いたいと言っている。一緒に行く?」
 シャオロンは昨日からsimを買うと騒いでいた。まったく、これだから現代っ子は。

「迷ってる。クラウラは買った?高い?」
「買ったよ。30日使えて500円くらい」
それは安い。クラウラもiPhoneを使っていた。

「買おう。連れてって」 
ぼくたち3人は、9時にsimカードを買いに出かけた。

 

 

「My favorite city is…」
道中、ぼくは昨日の話の続きをはじめた。ぼくの最も好きな街。東京は除外する。

「Okinawa」

クラウラはなるほどと頷く。沖縄は高校生のときに家族旅行でも行っていたが、とりわけ2016年の社員旅行、2017年の個人旅行での沖縄が素晴らしく、ぼくは沖縄の良さを再確認していた。「is」と言ったが、ぼくは答えを3つ用意していた。2つ目は、

「New York City」
「Wow, I have never been」

2つ目はニューヨーク。ぼくは2016年と2017年の計2回、出張でニューヨークに行っていた。3つ目は、

「上海」
「Thank you!」

クラウラは喜んでくれるだろう。その狙いが全く無かったとは言い切れない。とはいえ、2016年に中国人の友人の結婚式で訪れた上海での日々は、これまでの人生で最も忘れがたい経験だったと言える。ぼく同様に日本からきた友人や、新郎新婦、さらにはその友人たちと騒いだこと。少し早めに前乗りしてひとり旅を楽しんだこと。1週間を二部構成で楽しんだその旅行は、将来長い旅をしたいと考えていた自分に、そろそろ行けるかな、というある種の手応えを与えてくれた。

 

クラウラというトランスレーターを仲間にしたことで、ぼくとシャオロンのコミュニケーションも捗った。なんとシャオロンは、お坊さんどころか、半導体メーカーで営業職をやっていたらしい。三菱系列の会社と仕事をしていたという。54歳の今は、それをやめてブッディズム活動に注力しているようだが、「お金がなくなればまた職に復帰しなければならない」と言っていた。

「as like me?」
ぼくの状況を知っているクラウラは笑って同意した。

 

旅とインターネット

simカードを買ってiPhoneにいれた。MobiComというモンゴルの回線が表示され、3Gと4Gが開通した。この旅におけるひとつの転機だった。2人に触発されてあっさり買ったsimだが、実はこの旅で現地simを買ったのは初めてだった。ぼくはWiFiから自由になった。同時に、旅はインターネットがないほうが楽しい、という思い込みからも自由になったのだった。
韓国ではカフェとホテルのWiFiを渡り歩いた。しかし中国では苦労した。VPNがなければGoogleすら使えない。もちろん、その不自由がくれた経験はたくさんあった。
例えば北京の初日。北京南駅から、ホステルの最寄り駅である安德里北街駅に移動したは良いが、どう歩いてもホステルにたどり着かない。そこで、立ち話をしている中年の男女に道を尋ねたところ、なんと男性が自転車の荷台にぼくを乗せてホステルまで連れて行ってくれたのだ。
ぼくは男性の肩につかまった。自転車は荒っぽい中国の車たちの間を、器用にすり抜けていった。埃っぽい北京の風に吹かれて、そのときぼくはただ純粋に旅の楽しさを噛み締めていた。

 

しかしながら、男性がぼくをホステルに案内できたのは、彼がスマートフォン上で地図を表示していたからだった。これまでも、道を尋ねれば皆スマートフォンを取り出した。ぼくが道を知らないのはただの準備不足だ。現代の「行けばなんとかなる」は、言い換えれば「行った先にいる人に調べさせる」ということだった。

これを書いている時点で、simを買ってから2週間以上が経過している。SNSなどの連絡先の交換でもたつくことがなくなった。現地の人と電話番号を交換し、気軽に電話ができるようになった。WiFiスポットを探さなくなった。そしてこれは意外なことだが、simがなかった頃よりもインターネットをしなくなった。

何はともあれ、旅とインターネットの距離感についてこの一ヶ月、考え、実践し、周囲を見て、そしてウランバートルでsim生活をしていま思うのは、simは買うべき、という結論だった。

 

3人でゲストハウスに帰った。スウィートだよ、と言ってクラウラがマスカットをくれた。シャオロンがくれた桃と一緒にデイパックに入れた。

 

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10時にツアーガイドとドライバーを兼ねる男性が到着。
何度聞いても名前を覚えられなかったため、彼のことはナイスガイと呼ぶことにする。
後にわかることだが、ナイスガイは妻子持ち、マイニング(鉱物などの地下資源を掘り出す)会社での仕事が本業で、副業でツアーガイドをしていた。体つきはたくましく、髭面。サングラスをかけると怖いが、優しい目をしていた。英語力はぼくと同レベルか少し上、クラウラよりは下、という感じだった。

現金でツアー代金を払ってナイスガイのプリウスに乗り込んだ。
ぼくは助手席。チャイニーズたちが後ろに座る。酔い止めは飲まない。良く寝たし、よく食べた。 
クラウラはパープルのバケットハットを被ってカメラを首からぶら下げていた。
シャオロンはなぜかすべての荷物を持ってきていた。
ナイスガイは現金をそのままプリウスの収納に叩き込んだ。
天気は良好。力強くアクセルを踏んでナイスガイは言った。
「Let's party」
同感である。

(たいchillout)