【カザフスタン/アルマトイ】ウルムチ銀河鉄道K9797

銀河鉄道に乗って

カザフスタンアルマトイ行きの鉄道「K9797」は予定時刻を一時間以上遅れて出発した。すでに日付が変わっていた。鉄道は西安あたりから来ているのか、ウルムチで乗る乗客は少なかった。一部屋に二段ベッドが二つ。シベリア鉄道と同じだ。車両は古びていたがそれがとても味を出していた。壁や手すりの多くが木でできていた。きっと本来なら壁の中に隠されているであろう、鉄でできた車内設備などが、剥き出しになっていた。レトロでスチームパンクな魅力があった。乗り込んだ時間帯が深夜であることや、乗車場所がウルムチというちょっとした魔境であることもあってか、『銀河鉄道999』の世界に入り込んだかのようだった。
ルームメイトは以前のブログで登場した35歳の鉄道オタク、山本さんだった。大きいキャリーバッグにリュックを背負い、これまた大きな手提げ袋をいくつもぶら下げていた。どうして日本人二人が偶然同じ部屋なのだろうか。実は、これまた以前のブログで登場した、カリフォルニア大学バークレー校を出たKさんは二つ隣の部屋だった。ぼくらの部屋とKさんの部屋の間は、中年の韓国人夫婦とその友人の韓国人女性が三人で利用していた。この車両に極東の民族、ジャパニーズとコリアンが6人集結したことになる。これは鉄道側が意図してのことだろう。外国人は一箇所にまとめられたのだ。Kさんのルームメイトは、オーストラリアのシドニーから来たマダムだった。また、なぜかこの車両にはぼくたち以外の乗客が見当たらなかった。周囲の部屋にはカザフ人かロシア人らしき男性スタッフが数人いた。他の車両にはちゃんと乗客がいるのだろうか。まさかぼくたちだけを運ぶだめに足掛け二晩の列車を動かすわけではあるまい。しかし、人間がひしめいているという気配がこの列車からは感じ取れないのだった。このようにして、いやに乗客が少ないことや外国人ばかりであることも、この鉄道が「銀河鉄道」なのではないかとおかしな妄想を抱かせてしまうひとつの要因だった。この鉄道はひょっとして宇宙に行くんじゃないのか。この鉄道は旅の途中に死んでしまった人が乗せられる旅人のための銀河鉄道なのではないか。そうだったら良いのに。良いはずなんてないのにそういうことを考えると不思議と懐かしく楽しい気分になった。列車が動き出すと山本さんは立ち上がって中腰の姿勢でカメラを構えた。プラットフォームから発車し、駅から離れていくまでを、車内の視点から動画におさめるのだ。その任務遂行にあたり、ぼくの自己紹介は5分ほど中断された。

 

生活感のあるベッド、ないベッド

山本さんは埼玉県の市役所で働く公務員だった。物心がついたときから鉄道を愛していたらしく、国内の鉄道は高校卒業までに概ね制覇しており、大学時代から海外での活動をスタートしていた。長距離鉄道の宝庫と言われるヨーロッパを筆頭に、アメリカや南米にも単身で乗り込んでいた。この時点でバックパッカー歴2ヶ月だったぼくは、彼に比べればまだまだ駆け出しも良いとこだった。たくさんの荷物をどこに置くのかと見ていたら、山本さんは「これを、こうすると」と言って自身のベッドを跳ね上げた。そこに収納があった。だてじゃない。車内の収納まで熟知しているのだ。K9797はカザフスタン製の車体だった。同じ路線でも曜日が違うと中国製だったりするらしい。ぼくはとくに考えずにチケットを買ったが、山本さんは中国製ではなくカザフスタン製のこの列車に合わせて旅程を組んでいた。部屋の中にコンセントは無かった。ぼくは配られた自分のシーツを丁寧に広げ、バックパックから必要な小物を出した。それをベッド周りのポケットやフックに適材適所にセットした。几帳面なぼくに、大雑把な山本さんは感心したみたいだった。確かに、ぼくは変わった。几帳面になった。ドミトリーでベッドを見渡しても、ぼくのベッドはいつも一番に整理整頓されている。男女国籍問わずだ。体系的に管理しておくと欲しいものを見つけやすいし、紛失物があるか気づきやすい。しかしそれよりも、新しいルームメイトが来たときに、空になっているぼくのベッドに好印象を抱いてほしい、というのが一番の理由かもしれない。ドミトリーに入るときはやはり少なからずドキドキする。部屋の良し悪しよりも大事なのがルームメイトだ。とはいえチェックインの時間は日中が多いためにルームメイトは出払っている場合が多い。その代わりに最初にお目にかかるのが彼らの散らかったベッドなのだ。旅人のベッドは総じてきたない。そこには生々しい生活感がある。当然だろう。バックひとつで生活しているのだから(そして彼らにはその生活感をある種誇りにしている節もあるだろうとぼくは感じていた。しかるに天邪鬼なぼくはより生活感を消す方向に邁進した)。ぼくがいないときのぼくのベッドを見た新入りが、「この人はこわい人じゃないかも」とベッドを見るだけで感じてほしいと思っている。整理整頓なんていくらでも放棄できるいまだからこそ。山本さんに丁寧さを指摘されて、ぼくはいつかのシャオロンとぼくのシベリア鉄道を思い出していた。あのときぼくはシャオロンがピンと伸ばすシーツに感心したのだった。あれからときは過ぎたのだった。
ぼくたちは思いの外あっという間に寝た。寝台車の揺れが心地良かった。目が覚めると鉄道は止まっていた。窓の外を見ればアンドロメダ星雲のど真ん中、ではなく、カザフスタンとの国境の駅だった。

(たいchillout)

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