【カザフスタン/アルマトイ】おんぼろ国際列車K9797での一日

越境

K9797は9月3日の深夜にウルムチ駅を出発し9月5日の早朝にアルマトイ"2"駅に到着したため、9月4日はまる一日を電車の中で過ごしたことになる。
午前は越境で潰れた。例によって新疆スタイルだ。止まっている電車の中で荷物を広げたと思ったら、外の事務所でも同じことをさせられる。「さっき全く同じことやったぞ。おまえら時間をむだにしてるんじゃないか?」こっちも慣れてきたのでポリス相手でもがんがん言う。どこまで通じてるのかわからないが「それとこれは別だ」と抜かしやがる。ケータイとパソコンのロックは言われる前に解除し明け渡す。パソコンの方は写真フォルダを開くとこまでやってあげる。山本さんとの通訳をする。山本さんのカメラの写真を見て、電車内の検閲を担当した軍服のおねえさんが眉間にシワを寄せる。国境警備隊には理解できない趣味かしら、怪しいものではないのだ、「He loves train」だとシンプルな事実を教えてあげる。やがておねえさんも苦笑い。「all train…」おねえさんは電車ばかりのフォルダに呆れ全てを見ずにチェックは終わる。前後してウルムチで買ったパンを齧ったり、駅のトイレで顔を洗ったりする。山本さんはExcelかなにかで作成したらしき緻密なオリジナルの旅程表をしきりにチェックしている。パスポートが返ってくる。山本さんとパスポートを見せあう。いままで気がついていなかったが、パスポートのスタンプは国ごとではなく、出入国の街ごと、さらには越境時の交通手段ごとに違っているのだと教えてもらった。よく見ると今回増えたカザフスタンのスタンプには鉄道のイラストが描かれていた。モンゴル入国のスタンプも鉄道、モンゴル出国は車、韓国の入国スタンプを見るとしっかりフェリーが描かれているではないか。日本のスタンプには交通手段のイラストが無かった。遊び心がない国なのか、それとも島国の特性上、ほぼ空路一択だから、だろうか。

 

旅の目的

カザフスタンの国境を越えてしばらくして例の車輪交換タイムがはじまった。その間ぼくらは駅でランチをとらされる。メンバーはぼく、山本さん、カリフォルニア大学バークレー校を卒業した日本人女性のKさん、50代と思しき韓国人夫婦、その友人の40代と思しき韓国人女性ジンさん、シドニーからきたマダムの7人だ。三人の韓国人は皆とても良い人だった。皆来日経験が有った。釜山で国語教師をやっているジンさんが最も英語に堪能だった。推定40代だが美人だった。「あなたの旅の目的は?」そう聞かれたぼくは「目的はないです」と答えた。それに対してジンさんは「私の目的は世界の図書館と書店を巡ること」と言った。さすが国語教師、素敵だ。大学では国文学(韓国文学)を専攻していたらしい。家には本ばかりがあると言っていた。日本の作家も読んでいた。「そういう意味なら」とぼくは続けた。「ぼくの目的は世界のカフェとビールを巡ることです」。
レストランの隣のコンビニを覗くとどうやらsimカードが売っている。ぼくとジンさんはGoogle翻訳を使う店員と地道なコミュニケーションを重ね、購入に成功する。ぼくの分も買ってくれたジンさんにお金を渡そうとしたら、プレゼントフォーユーと言われた。

 

ブドウ

出発した列車は一面のステップの中を走り続けた。モンゴルよりも乾燥している印象だ。途中駅で止まると、だだっ広く細長いプラットフォームに物売りたちが並んでいる。買うものがなくても降り立って背伸びをし、空気を吸う。そしてまた列車はステップの中を走る。韓国人夫婦のご主人がデザートだと言ってブドウをくれる。ぼくはコンパートメントの中ではなく、廊下に備え付けられている簡易的な折りたたみ椅子に座り、窓を開けて風を浴びながらそれを食べる。
ひとつ食べては、ひとつ種を吐き出す。ゴミ箱も無かったからぼくはその種を窓の外から投げ捨てた。種は風に乗って一瞬にして後ろに運ばれていった。これはナイスだ。ステップに山、ときどき現れる湖や動物、白い煙を上げて走る煤けた四駆を遠くに見ながらぼくはずいぶんと長くブドウを食べていた。ひとつ食べて、ひとつ種を吐き出す。窓の外に手を出してそれを投げ捨てる。自分は二ヶ月も旅してるんだなあ。楽しいなあ。山本さん、電車旅は素晴らしいよ。午後に黄昏るには最高だ。
途中駅でアスタナ行きの車両と分割する。今度は韓国人夫婦の奥さんにパンとグレープジュースをもらう。コンパートメントで食べる。山本さんは中腰でカメラを構えている。ぼくは昼寝をしたり、音楽を聴いたりする。

 

サンセット

やがて日暮れ時になると、シドニーからきたマダム、Kさん、ジンさん、韓国人夫婦、皆が黙って廊下に出て夕日をみている。そして完全に日が暮れる。真っ暗になってもまだ廊下に残っていたのはぼくだけだった。昼食のケバブの残りを立ちながら食べ、星が二つ灯ったのを確認してぼくもコンパートメントに戻った。起床から就寝まで、ひとつの電車で過ごしたのは初めてだ。銀河鉄道は陽にさらされて普通のおんぼろ国際列車になっていた。しかしながら、ファンタジックな妄想にも十分比肩しうる、素晴らしい現実を走っていた。

 

サンライズ

K9797は早朝、日の出直後の時間にアルマトイに到着した。下車したとたんタクシードライバーに囲まれた。ぼくは街中まで歩きたかったが、皆が相談しているのでなんとなくその場に寄りそっていた。どうやら二手に分かれてタクシーに乗るらしい。値段交渉に入っているが明らかに"ふっかけ"てきている。寒いし歩きたいなあと震えながら近くを見渡すと山本さんがいないことに気がついた。そう言えば彼は最初からぼくらの輪に加わっていなかった。また電車の中でもたついているのだろうかと心配していると、すでにプラットフォームの先に大きなキャリーバッグにリュック、大きな手提げ袋をいくつもぶら下げたその姿を見つけることができた。彼は駅舎に向かうのか、乗ってきたK9797を回り込もうとしていた。それはちょうど東、太陽の方角だった。山本さんはこの日の夜、また別の寝台車でタシュケントまで行くと言っていた。2泊3日を共にしたぼくらには一言の挨拶も無かった。それにぼくは驚いたが、その驚きは感動の驚きだった。山本さんは本当に自分の旅をしていた。みんなどうするのか、お別れするのか、少しは一緒に観光でもするのもありか、なしか、なんて様子をみていたぼくよりも彼の旅は真の意味で自由だった。サンライズに向かってせかせかと歩くその後姿に、何かを教えられたような気がした。


(たいchillout)

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