【キルギス/ビシュケク】熱いシャワー

アルマトイからビシュケク

アルマトイの街はずれ、セイランバスターミナルから、ビシュケクまでは小型のバスで500円で行けた。バスといってもワゴン車を改造したようなものだったが、乗り合いタクシーよりは快適だった。座席の境界がはっきりしており、隣の人とくっつかずに済むからだ。出発時刻は決まっていない。バスいっぱいになるまで、ビシュケク行きのメンバーが揃うのを待った。

国境越えは楽勝であった。カザフ側でバスを降り、歩いて両国の国境を渡った。キルギスに足を踏み入れた瞬間、たくさんのsimカード売りの露店が現れたがとりあえずそれらはスルーして、手持ちのカザフスタン「テンゲ」すべて、キルギス「ソム」に両替した。同じバスに乗り、ビシュケクに向かった。道路の中心はかろうじて舗装されていたが両脇は土だった。終始、視界が霞むほどの砂埃が舞っていた。道路脇の露店ではたくさんの箒が売られていた。

ビシュケクのバスターミナルからはタクシーに乗ったが、複雑な区画を迷いながらも熱心に運転してくれ、価格も良心的だった。ゲストハウスに荷物を置いたら街に出た。


中華色、そしてイスラム

まず驚いたのが、道端に人が倒れていたことだった。怪我している様子はない。寝ているのか意識がないのか、生きているのかは分からなかった。通りがかった学生たちも怪訝な目で見ていた。

広めの通りにでると「超市」があった。超市は中国語でスーパー(マーケット)の意味だ。アルマトイではヨーロピアンな生活をしていたので、つい懐かしくなって超市に入った。中国の匂いがした。中国の調味料があって華人がいた。懐かしく、帰ってきた気がした。ぼくは中国が好きなんだなあとそのとき強く自覚したことを覚えている。交差点の角には、樽に入った三種類の飲み物を売っているおばちゃんが座っていた。ひとつは牛乳のようだったが残りの茶色い二つは分からなかった。茶色の片方を買った。10ソム、16円。やはりコーヒーではなかった。美味しくはなかったが、飲めないほどの味でもなかった。バス停がたくさんあり、次々と人がバスに拾われていっていたが、バスというのは番号の振られたワゴン車だった。この街で活動するには、これを乗りこなせるようになる必要があると思った。

チャイニーズレストランを見つけてチャーハンを食べた。早めの夕食だ。ATMでお金を引き出した。使い勝手が良いように、金額の大きさの異なる数種類のお札が出てきた。優秀なATMだ。キルギスは気配り上手なのかもしれない。通りがかりの小綺麗なホテルに入り、街の地図をもらった。それを見て、街の中心部まで歩いた。日が暮れかけていた。

ビシュケクの中心の賑わいは程よかった。人々も街並みもアルマトイほどモダンじゃない。親しみやすさがあった。広場には国旗と、馬に乗った誰かの銅像があった。飲食店を覗きながら歩く。物価のチェックだ。店のチョイスを誤らなければ、アルマトイよりもさらにローコストな生活ができそうだった。ヒジャブを被っている女性がそれなりにいた。南下、西進するにつれイスラム色が強まってきていると感じた。

夕食は早めにとっていたので、ビアバーで二杯飲んで、暗い夜道を歩きゲストハウスに帰った。


ちょっとした賭け、あるいは実験

狭い部屋にベッドは五つ。奥に欧米系の女性がいる。女性のベッドと並列配置で隣にぼくのベッド、女性のベッドと直列配置で隣にあるベッドには東アジア系らしき老人が寝ていた。女性とは目があったが、挨拶のタイミングは逃した。ぼくはデイパックを担いだまま、着替えと石鹸を取り出した。シャワーを浴びよう。しかしその前にやることがある。そのやることをぼくは荷物をガサゴソしながら考えていた。そして小さな勇気を出して実行に移した。


Can I take a hot shower?

(熱いシャワー浴びれるかな?)

 
今まさにシャワーを浴びますよ?明らかにそれがわかる出で立ちをして、ぼくはいきなり女性に声をかけた。女性はタブレットで本を読んでいた。完全に就寝前のリラックスモードだ。ハローすら交わしておらず、英語を話すのかも知らなかった。これは、ちょっとした賭けだった。会話のきっかけをいつもと少し違う形で掴んでみる実験とも言えた。どうやらぼくは賭けに勝ったようだった。タブレットから顔をあげた女性ははじめ表情に変化がなかったが、計算通り、ぼくの出で立ちを見て後から問いかけを理解し、相好を崩して笑いながらYesと答えた。安いゲストハウスやホステルでは熱いシャワーは決して当たり前にあるものではない。先行の宿泊者に向けてだけ使える旅人あるあるを利用した簡単なジョークだったが、英語だけじゃなく、ユーモアもしっかり通じたようだった。女性の名はクロイと言った。フランス東部、スイスに近い小さな街から来ていた。

(たいchillout)

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