【タイ/プーケット】街につくまで

ミロとパン

スムーズに、何のトラブルも、何の面白みもなく、マレーシアからタイへの国境を越えた。ペナンから乗っていたバンは、国境から少し北の、大きなバスターミナルでぼくをおろした。バンの運転手がプーケット行きの高速バスのチケットを買ってくれた。ぼくは早速SIMカードを買い、ミロ(子どものころによく飲んだコーヒー牛乳みたいなやつ)とパンで昼食を済ませた。両替は国境で済ませていた。滑り出しは快調だった。

 

見覚えのある顔

タイに入り、ムスリムの姿を見かけなくなった。タイの道路、バスターミナル、町並みは、どことなくカラッと、光に満ちていた。女性がスクーターを運転し、子どもが女性の背中を掴んでいた。
プーケット行きの大きな高速バスでは、見覚えのある顔を発見した。ブロンドヘアーをお団子のようにまとめつつ、少し後れ毛がある。服装のいで立ちは正統派バックパッカーだが、それとは対象的な静謐な雰囲気のあるその西洋人女性は、ジョージタウン行きのバスで見かけたその人で間違いない。あれから一週間。偶然にも同じ日程で、同じルートを辿っているようだった。

 

バスターミナル

タイの高速バス網は、計画的に造られたように思える。なぜなら、どこのバスターミナルもデザインが同じだからだ。マレー半島のように細長い待合所に、バスたちが斜めに頭を寄せるように、駐車スペースが設計されている。多くの大型バスを停車させやすく、乗客にも勝手が理解しやすい。バスが、いくつかの街で乗客を下ろしてく中で、ぼくはそれに気がついた。

 

たばこを吸うのにも静寂を

異邦人は、ぼくと、先述の西洋人女性だけだった。バスターミナルに停車すると、切符切りなどの雑用を担当する添乗員の青年が、車内に向けて声をかける。しかしタイ語だからちっともわからない。ぼくと西洋人女性は自然とアイコンタクトを取り、「トイレ休憩かな?」「そろそろ出発っぽいよ」と片言を交わし合い、助け合うようになった。
タイの街、タイの農村、タイの人、通り過ぎるタイの景色は豊かだった。夏服の中学生。日本みたいだ。タイは、タイだけで調和を取れている、そんな印象を受けた。
西洋人女性は途中で降りた。プーケットまで行かないみたいだ。出身はオーストリアだった。タバコを吸うのにも静寂を感じさせる人だった。またどこかで会えるだろうか。

 

湿ったあご紐

やがて日が傾く頃、灰色の雲が次々と空に整列し始めた。こりゃ〜一雨くるぞ。思っている間に雨音がバスの中をも埋め尽くした。スコールだろうか。長い移動に疲れていたのか、雨の音を聞きながらぼくは眠りに落ちた。
目が覚めたらもう到着間際だった。確か、夜の九時前だった。maps.meで位置情報を確認すると、プーケットの街中からはまだ随分と離れていた。予約していたホステルまで、歩ける距離じゃなかった。
バスを降りると、辛うじて、雨はあがっていた。大きな雲はまだいるが、大きな雲と大きな雲の間には「大きな雲の切れ間」もあって、そこから星空が見えていた。道もモノも、まだ濡れていた。
予期したとおり、タクシードライバーたちが新たな客を待っていた。ぼくはホステルの位置を地図で見せた。100バーツ。350円。値引きの余地はあると感じたが、これを逃すとこっちにも手立てがないので、言い値で応じた。責任を持って良い仕事をしてもらうのが今のぼくの求めていることだ。そのためには、「お得感」にこだわらず、気持ちよく金を払うことが大切だ。
薄々気づいていたが、タクシーはバイタクだった。タイ名物、バイクのタクシーだ。ドライバーはぼくにヘルメットを渡した。湿ったあご紐に締め付けられ、ぼくの頭はヘルメットに守られた。ドライバーの男性の肩も、雨か汗で湿っていた。ぼくはそれを強く握った。バイタクは風を切って走り出した。遠くで光る雷鳴。無関心なドライバー。暖かいタイの夜。街灯が照らす濡れた道路。車と車の間をすり抜ける。はじめての街プーケット

 

この国の代名詞

ホステルに到着した。バックパッカー宿にしては大きめだ。ホテルのように、建物一棟がまるまるホステルになっている。三階建てだろうか。ドアをくぐる。天井も高く、部分的に吹き抜けになっている。笑顔で女性スタッフが迎えてくれた。宿泊費をカードで決済してから、プーケットの街と食事処、主なビーチについて、紙の地図に書き込みながら丁寧に説明をしてくれた。
カードキーを受け取り、一人で、明るい廊下の奥のドミトリーに向かった。扉を開けると部屋は暗闇。しかし、正面に漂う光があった。そこにはガラス張りのドアがあり、ドアが開いていた。光っていたのはなんとプールの水面だった。このホステルにはプールがあるのだ。この部屋からは、プールに直接出ることができ、プールから直接戻り、シャワーを浴びることまでできるようだった。何人かがプールで戯れていた。彼らが水面を波立たせたからこそ、ぼくの目にその煌めきが入ったのだ。
ピンと伸びたシーツ。分厚いマットレス。ハリのある枕。枕元のライト。電源ソケット。塩素と冷房の匂い。そこにいますぐ寝転びたくなるのを我慢して、貴重品だけを持って再び外に出た。幸運にも雨は上がったままだ。開いている店は少ない。手近なタイ料理レストランに入って、やることは決まっていた。ぼくは満を持して、この国の代名詞、シンハービールをオーダーした。

(たいchillout@スリランカ)

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