【タイ/プーケット】タウンとビーチ

自分のペース

誰かと出会って、なにか良いことが起きないだろうか? そんな欲望をペナンで葬って、これまで以上に「一人であることに積極的」であろうとする試みは、プーケットで簡単に成功した。なんてことはなかった。元々そういう人間だった。滞在期間のほとんどをひとりで過ごした。何かを起こそうという気はなくなっていた。
ルームメイトのグレゴリー(愛称はグレッグ、屈強なドイツ人男性)は、ぼくと目が合う度にド派手なウィンクを飛ばしてきたが、ぼくはそれにも幻惑されず、自分のペースを守った。

 

快適さの恩恵

プーケットの気候、プーケットタウンの街並み、快適なホステルも、ぼくの孤独推進委員会を後援した。
プーケットタウンは完全なる夏だったが、高い建物はなく、人の数(観光客と地元の人)や車の数も、この街にとって無理のない分量だったために、暑さによるストレスは感じなかった。ときどきのスコールが街を洗った。

街の中心には、観光客を当てにした土産物屋やカフェ、レストランが多かったが、どこもデザインやインテリアのセンスが良い上に落ち着いており、客引きに精を出している多くはタクシードライバーだった。ぼくはプーケットタウンの中心に毎日通った。ホステルの隣にはコワーキングスペースがあり、小さいが近代的なショッピングモールもあった。10分歩けば、毎日新しい観光客が訪れる、街のメインストリートに行けた。
ここはツーリスティックな土地だったが、そのためにこちらが幻滅してしまうようなことはなく、むしろその快適さの恩恵に授かった。

プーケットには9泊10日滞在した。初日からアタリのホステルを引いたので、途中の一泊を除いて、ずっと同じホステルにいた。

 

季節行事

初日の朝、カードキーとケータイだけを持って、朝食をとった。レセプション、ラウンジ、食堂が一体になったスペースは広い。ビリヤード台や共用パソコンもある。プールがある側の壁は、大きなガラス張りだった。それを通して朝の光が降り注いでいた。クッキー、トースト(バター、ジャム)、バナナを好きなだけ食べることができ、三種のジュースバーもあった。
レセプションではスタッフの女性同士が、お互いにメイクをしあっていた。やけに派手なメイクだ。目元だけでなく、頬やオデコにも赤や黒、紫の線が引かれ、やがてなにかの模様になっていく。ぼくが見ているのに気がついて、ひとりが言った。
「明日はハロウィンだよ。お望みならきみにもやってあげる」
彼女たちはハロウィンメイクをしているのだ。ぼくは季節行事にはあんまり興味がなかったが、なんだか楽しい気分になった。

 

ビーチ

主なビーチは3つあった。最も人が少なくておすすめだとスタッフに念を押されたビーチを早速、初日の午後に訪れた。プーケットタウンの中心からバスが出ている。バスと言っても、日本でイメージするものとは少し違う。それは、トラックの荷台に屋根と壁をつけ、二列の長椅子が向き合うように、両サイドに設置された「乗り物」だ。壁はスカスカで、寄りかかることはできるが、雨や日差しが斜めから入ると防げない。そのかわりに、風がバスの中を常に吹き抜けた。

バスが街中から海沿いの通りにふいに飛び出したときは、思わず声を上げてしまっていたかもしれない。緑の並木の向こうに見える海面はいわゆるコバルトブルーというやつだった。まだそこはビーチではない。いくつもの小さな船が繋がれていた。ぼくはiPhoneを落とさないようにポケットから引っ張り出して、動くバスの中から写真と動画を撮影した。窓も壁もないために、鮮やかな色合いは少しも損なわれない。道路の反対側には、街中よりは少し高そうなレストランやホテルが並び始めた。

ビーチは期待以上だった。なにより良かったのが、そこがとても静かで、小さなビーチだったことだ。入江というやつだろうか。大きな白いホテルが一軒だけ良い陣地をキープしていた。食事処、土産物屋はいくつかあったがそれほど目立たない。幾人かのタイ人は、タトゥーの入った「海の男」風の人が多い。西洋人の年齢層は幅広かった。貴重品の預け場所がないので泳ぐことはできない。ぼくはとりあえずサンダルを手に持って、Tシャツを脱いでデイパックに入れ、海水に足を浸しながら波打ち際をゆっくり往復した。ビーチに来たのは、旅の始まりの地である、韓国の「海雲台ビーチ」以来だ。あれから長い長い時間が経った。良い思い出も、そうでない思い出も、頭の中にずーっと居続けたいろんなことが洗い流されていくようだった。

ビーチを歩く前、ぼくはサーフロックの流れる店でシーフードの炒め物を食べていた。ビーチを歩き終えた後、もう一度同じ店に入った。太陽の位置は依然として高い。汗をかいた。やることは決まっていた。ぼくは満を持して、この国の代名詞、シンハービールをオーダーした。

(たいchillout@アラブ首長国連邦)

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