【中国/広東省/広州】スリム・ウエスト・タワー

中国人女性の多くは化粧をしない。よく化粧をする韓国人女性をぼくはきれいだと思うし、あまり化粧をしない中国人女性もきれいだと思う。日本人女性? さあねえ? どうだろう?

二人の大学の正門の前までバスで行き、そこでぼくは二人を待った。授業が終わるのを待っているのではない。二人は大学に住んでいるのだ。正確には学生寮に。アメリカと同じで中国の大学生の多くは学生寮に入る。

We are coming. とセンからメッセージが送られてきてから三分後に二人は現れた。五日前に会ったときと同様にセンは化粧をしていなかったが、四ヶ月ぶりに会ったスズは化粧をしていた。夏以降、肩下までだったセンの髪は伸び、スズはもともとのロングヘアーの毛先に軽くパーマをかけていた。尤もスズのパーマ情報は、WeChat モーメンツの方ですでにキャッチアップしていた。
二人はぼくを大学構内へと案内してくれた。曇り空。年末のテスト期間が終わり閑散としている。この時期は中国全土に寒波が訪れ、華南にしては珍しいほど気温が下がっていた。スズは内側にモコモコのついたジージャンを羽織り、センは幼稚園児のような黄色い帽子が似合っていた。
前を歩くセンがぼくを振り返って、めちゃめちゃ丁寧な日本語の発音でこう言った。
「し ょ く ど う !」
見るとそこには大学の学食があった。発音は百点。

この大学についてぼくは後でググり、かなりの名門だということが判明した。二人の頭の良さと育ちの良さは明白だったので少しも驚かなかった。二人はぼくを図書館に案内してくれた。センがぼくにカードを渡した。ルームメイトの学生証だった。
図書館には翻訳された日本の小説がたくさんあった。安部公房の本を見て「公房」が名前なのはどう考えてもおかしいと二人は声を揃えて主張した。伝説的なライトノベル涼宮ハルヒの憂鬱』があった。ぼくは佐藤多佳子の『一瞬の風になれ』をセンにおすすめした。そして『深夜特急』があった。
書棚の影でこそこそと話しているぼくたちに、「日本人ですか?」と、通路側から声をかける女性がいた。声の調子は明るくはっきりとして、日本語だった。はい。驚きつつもそう返すと流暢な日本語で続ける。
「日本語専攻なんです。旅行ですか?」
そうですそうです。
そんな調子で日本語で普通に会話が進んだ。ここの学生らしい (当たり前だ) 。センは第二外国語として日本語を専攻しているが、この女性は主専攻がジャパニーズ。ロングスカートにセーター、前髪のあるボブヘアーに眼鏡。同じ「文化系女子」でも、スポーティーな要素を併せ持つセンに比べて、より文学少女的 ── しっとりとした雰囲気があった。図書館が似合う。あるいはアニメやマンガなどのオタク系コンテンツから日本に興味を持ったタイプかもしれない。
もっと話したかったが我慢した。ぼくを歓待してくれている二人が優先だった。

図書館ツアーを終えて、構内の「全家 (ファミリーマート) 」でスズにコーヒーを買ってもらった。それから、夕飯にはちょっと早かったが、街中までバスで出て、伝統的な広東料理のレストランに連れて行ってもらった。そこから広州のシンボル「広州タワー」まで歩いた。大きな橋の上で道を間違えたことに気がつき、二人は頭を寄せて地図アプリを覗き込んでいた。それを車たちのヘッドライトが照らしては過ぎ去る。威圧的なスピードで男の自転車が歩道の真ん中に佇む二人の至近を通り過ぎたが、二人は気にもとめていなかった。
広州タワーはひと目見てそれだとわかる。通常この手のタワーは天に伸びるにつれ細くなるが広州タワーは違う。アンテナであるてっぺんを除けば、タワーの上部と下部が太く、真ん中が細いのだ。そして太いところと細いところが、優美で滑らかな曲線で繋がっている。カクカクしていない。スマートで、虹色にライトアップされる。スズは言った。
「広州タワーのことを、地元の人はみんな中国語でスリムウエストタワーって呼ぶんだよ。ウエストの部分が細いでしょ?」そう言って自分のウエストに手を当てた。
スリムウエストタワーは珠江 (しゅこう。英語名はパールリバー) 沿いにそびえている。川を挟んだタワーの対岸はビジネス地区になっており、パールリバーの水面には大都会の夜景がまさに真珠のように煌めいていた。タワーのふもとにはクリスマスツリーが飾られ多くの人で賑わっていた。パールリバーに沿うようにして、まるで夜景を眺めるために設置されたかのような近代的なトラム (路面電車) が走っていた。それに乗って三人でテキサス風のバーに行った。ぼくはビール、スズはカクテル、センはジュースをオーダーした。一次会は全額ご馳走になったが、二次会は全額ご馳走した。

食在広州。食は広州に在り。中国のことわざだ。まさにそのとおりで、広州ではとにかく食事が美味しかった。食べるためだけにまた行っても良いくらいだ。二人についてはもっとたくさんのことが書けるが、このくらいにしておく。
たくさんの美しい風景をみてきた。その中には「絶景」と謳われ、チケット代金を払って入場するものもあった。バスで数時間というものもあった。ボートに乗る場合もあった。でもときには、チケットを買う必要がない、あるいはチケットがどこにも売っていない風景というのがある。二人がいた風景はそんな美しい風景たちのひとつ。

(たいchillout@ギリシャ)

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