【ベトナム/ダナン・ホイアン】南シナ海とプレゼント

ダナン

夜のビーチを駆け回るのはハスキー犬。南シナ海上空の月が雲に隠れては顔を出す。ウズベキスタンで会ったアライくんは家族旅行でイタリアのヴェネツィアにいるらしい。ぼくはビーチ沿いのバーでサイゴンビールとフレンチフライをオーダーした。
ビンコムプラザという大型ショッピングモールの前に大きなクリスマスツリーがあった。モールのATMでベトナム・ドンを引き出し、ビーチまで歩いた。韓国料理店が多い。この辺りはコリアタウンなのかもしれなかった。ホタルのように向かってくるバイクの群れ。
有名なドラゴン橋の北にかかっているハン川橋から、ビンコムプラザ側に渡っていた。橋を渡る前、ダナン大聖堂を訪れた。ときは十二月二十三日。ベトナム語の賛美歌が聞こえてきた。敷地内は老若男女多くの人で溢れかえり、コウモリたちまで大聖堂の中に入り込んでいた。
ダナンも一泊。すでにホイアン行きのバスの調べはついていた。ツーリストインフォメーションでもらったハングル語版の地図を片手に、フエよりいささか大きく、商業的な匂いのするダナンを歩いているうちに夜はやってきていた。

階段に座り込んで見た南シナ海上空の月とハスキー犬。この街の景色でぼくがこれからも末永く記憶していくのはきっとこの景色になるだろう。そう思って立ち上がり、ホステルまで歩いて帰ることにした。
屋台風のパン屋を見つけた。明日の朝食にできそうだとしばらく眺めていると、May I help you? と女性に声をかけられた。確かに注文の仕方がわからなかったので、これとこれが欲しいのだと伝えるとベトナム語で注文してくれた。Where are you from? ジャパンだよ。やけに英語が上手いベトナム人女性だったが、なんと昨年の四月に東京、大阪、北海道に旅行したらしい。そして突然言った。
「ちょっと」
これが女性が話した唯一の日本語である。
「ちょっと!?」
とぼくが言い返すと、「お主、なにゆえそれを言う!?」というぼくのニュアンスが完璧に伝わったようで、笑ってくれた。女性はぼくを助け終え、自分のパンを買うとあっさり立ち去った。目で追った後ろ姿は誰かの運転するバイクの後部座席に収まり、バイクはホタルの群れに紛れていった。

 

ホイアン

翌日、クリスマス・イブ。昼食をダナンで済ませてからホイアンに向かった。ホイアンにはいわゆる昔ながらの街並みが残っており、街ごとユネスコ世界文化遺産に登録されていた。旧市街全体とトゥボン川沿いに色とりどりのランタンが吊るされており古風な雰囲気が演出されている。曇り空だったが、夕方から夜にかけては特に綺麗だった。しかし、確かに綺麗ではあったのだが、この綺麗さは別にホイアンじゃなくても演出可能な綺麗さだなあ、と思った。
ぼくは世界遺産には興味なかったが、世界遺産というただそれだけで集客力は抜群に高まるのだと、この頃には身にしみて分かっていた。各所で立ち読みする機会のあった地球の歩き方でも、全てに優先して世界遺産が「必見」としてピックアップされているし、いくつかあるモデルコースのひとつにはほぼ必ず「世界遺産ルート」があった。
そして、世界遺産だからといってそれが必ずしも「必見」ではないということも、この頃のぼくはすでに理解しはじめていた。ホイアンは、その思いをより強くさせた場所だった。悪くはない。しかしその割には観光客が多すぎたし、街は保存というよりかは演出されていた。

その夜ベッドの中で、イヤホンがないことに気がついた。イヤホンがないととても困る。三万円の価値という経済的損失も大変なことだが、いま音楽を聴きたいというその瞬間に音楽を聴けなくなってしまうことのほうが大問題だった。音楽はぼくの唯一かつ確実な拠り所だった。一日だって離れられない。明日はホーチミン・シティまで十時間以上の夜行バスに乗る予定だった。その間まったく音楽を聴けないことを想像したぼくはパニックに陥った。ホイアンのカフェで一度イヤホンを使っていたことをすっかり忘れて、「そうだ。きっとダナンのホステルに置き忘れたのだ」と決めつけた。Gmailアプリを起動しダナンのホステルの宿泊予約完了メールを探し出し、メールを送った。
「イヤホンをおたくのホステルに置き忘れた。明日からホーチミン・シティに行く。代金は払うからホーチミン・シティのホステルにイヤホンを送って欲しい。ホーチミン・シティのアドレスは下記……」
ダナンのホステルが見つけてくれることを祈ったが、一番の問題は明日のバスだった。ぼくは長距離バスが好きだった。なぜならずっと音楽が聴けるからだ。窓の外が美しい景色でも退屈な景色でも音楽があれば何時間でも楽しめる……。明日はどうなってしまうのだろう。大きな不安を抱えて眠りについた。ときはクリスマス・イブ。一階ではホステルが無料の「ファミリー・ディナー」を振る舞っていた。ゲストたちの騒ぎ声も耳に入らなかった。

 

クリスマスプレゼント

起床した瞬間にひらめいた。もしかしたらと思い、一階までダッシュした。あった……。棚の上にぼくのまあるい水色のイヤホンケースがあった。昨晩ホステルに帰ってきたときに、デイパックをかなりごそごそいじっていた記憶があった。そのとき落ちたのではないか。起床したときにそうひらめいたのだ。ご明答。おそらく床に落ちたものを誰かが棚に乗せてくれたのだ。これはクリスマスプレゼントだ。とぼくは思った。
失くしたものが返ってきただけなのだから結果は同じ。だけど、昨夜の絶望と今朝の歓喜、そしてそれを引き起こしたそそっかしい不注意と結果オーライ、そのすべてがぼくの旅を象徴する、つまりはぼくの旅にぴったりな、最高のクリスマスプレゼントなのだと思えた。

(たいchillout@イギリス)
ダナン・ホイアン編おわり

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