トイレ問題
朝 (2019年1月1日、あけましておめでとうございます) 。開店直後のカフェに入り、ホットドッグ、フレンチトースト、ホットチョコレートをオーダーする。コーヒーではなくホットチョコレートを飲んだ理由は、これから、ここプノンペンから次の町シェムリアップへの長いバス移動があるからだ。
長距離移動の前はカフェインを控える。敢えてこれまで書いてきてはいないが、陸路の長旅は毎回がトイレとの闘いだと言っても過言ではない。
ほとんどのバスにトイレはついていない。適宜トイレ休憩はあるがそのタイミングはまちまちだ。休憩地点にあるトイレも、呼吸するだけでひどい病気になるのでは?と思ってしまうほど汚かったりする。ペーパーがないのはもちろんのこと、トイレ番頭にチップを取られるのに、個室に鍵がなかったり、便座がなかったりするのは平常運転だ。週一回ホースの水をぶちまけるだけできっとだいぶ違うのに、年一回もそれをやっていない感じがある。
そもそもトイレがないところで「さあ、トイレ休憩だぞ!」と言われる場合もある。男でよかったと思うのはこんなときだ。
だからトイレが近くなるカフェインやアルコールはご法度だし、食べすぎなんかもやはりよくない。しかしいつどんな形の食事休憩にありつけるか予想がつかないので、空腹でバスに乗ってしまうのもよろしくない。十時間くらいの旅なら、お菓子や果物、水を二食分買っておき、朝はこれがこの日最後のつもりでエネルギー重視で食べ、コーヒーは我慢する。その経験則に従ってぼくはこの日もバスに乗った。
赤い国土
バスの車窓から見た赤茶けたカンボジアの田舎の国土は美しく、郷愁をそそるものだった。雨の多い南国だからか、家々の多くは高床式になっている。シェムリアップまでのほぼ一本道、町らしい町はない一方で、この国における物流の大動脈であるはずのこの道 (首都と第二の都市を結んでいる) の両脇に張り付くように上述の高床式の家が絶えずに並び続けていた。
集合住宅のようなものは少なく、皆が土の上にDIYで建てたような頼りなさそうな木造の一戸建てだ。家のドアは開け放たれ、そこから走り出ていく子どもが見える。隣の家とは、枝を束ねたような仕切りがあるだけ。庭スペースのハンモックでおやじが寝ている。家と家の間から、ときおり田んぼの中のあぜ道のような一本道がバスの進行方向とは直角に、地平線へと伸びている。そのあぜ道の両脇を、王座へ導く回廊に立ち並ぶ甲冑のように、高い木が固めていたりする。
カラッとよく晴れている。2019年元旦のこの日、いちおうはこの国も冬のはずだ。赤茶けた国土も雨の多い夏には凶暴な緑で埋め尽くされる景観へと変わるのかもしれない。
穏やかな正月だった。車窓越しのひだまりの中でこれまで何度も繰り返してきたように追憶の横っ風に吹かれはじめ、この日蘇ってきたのはウランバートル発ホブド行き、あの日の寂寥感、そしてそれが思い出となった今だから付与されている奇跡的な透明感だった。
CHILL CITY
シェムリアップに到着した。禁断症状が出る前にカフェインを摂取しなければならないので、My Little Cafe というカフェ兼食堂でアイスアメリカーノを1.5ドルで飲んだ。WiFiを繋ぎ、連絡をくれた友人に「あけおめ」して、ホステルにチェックインする。
玄関で靴を脱ぐと左手に小さなプール。プールの前にデッキチェアが並びおなじみ西洋人バックパッカーたちが羽根を伸ばしている。建物内に歩みをすすめると壁を背にした一人用のテーブル席がいくつか並ぶ。そこにもおなじみ西洋人たちが各々のパソコン作業をしていた。仕事、観光情報のリサーチ、次の行き先への航空券の予約、FaceBook……。
レセプションの若い男女も気さくでなかなかの美男美女。追加で頼める朝食も充実して、カフェ・バーメニューも併設。どうやら台湾系のホステルらしい。
ぼくはすぐさま二泊の延長を申し出た。累計四泊。四泊もするのは広州以来かもしれない。ある時期からぼくは、かつてよりも随分とテンポ良く旅するようになっていた。
夕暮れの町を歩き、どうやらラオス各地へのバスがここから出ていることを確認した。夕食をとった食堂のウェイトレスは十歳くらいの少女。ベジタブルフライドライスを食べアンコールビールを飲むぼくの足の甲にかぶさるように大きな犬が終始寝そべっていた。
シェムリアップはプノンペンよりも大きくはないが、整備が進んでいた。世界的な観光名所であるアンコールワットのお膝元だからだろう。最近できたばかりの大型のショッピングモールがあり、その中にスターバックスもあった。この町には格式の高そうなホテルもバックパッカー宿も多い。西洋人好みの洒落たカフェやバーも幅広い価格帯で揃っている。夜の歓楽街へと繰り出さない限り、総じてまったりした空気が流れ、昼間っからビールを飲んでひっくり返るには最高だ。ぼくは勝手にこの町を「CHILL CITY」と呼んだ。
スタバは閉店間際だったのでモール内の別のカフェに行ってクロワッサンとこれまたホットチョコレートを頼んだ。夜食である。
それにしても綺麗なモールだ。さすがに放課後の中学生がスタバでお喋りしているようなバンコクにはかなわないが (日本人でもそんなシティライフを生きる中学生がどれだけいるだろうか) 、それでも、こうした近代的で快適なビルの中でカワイイお店を冷やかしてはお茶をして……というライフスタイルはもはや世界標準装備のものなのであると感じさせられる。
と、思ったら突然モールの全館が停電した。ご愛敬。
カズキたちと連絡をとって、明日の夕飯をご一緒することに決まる (待ち合わせ場所はバーガーキング) 。
(たいchillout)