【ラオス/シーパンドン〜パクセー〜タケク】南ラオスを北上する


Real Countryside

シーパンドン (4000 Islands) でハンモックにぶら下がってメコン川を見るだけの二泊三日を過ごして北へ向かった。目指すは首都のヴィエンチャン。そしてさらにその北部のルアンパバーンという町に行けば、メコン川をさかのぼるボートに乗ってタイとの国境まで行ける片道切符のツアーがあるという。これは広州のセンから聞いた情報だ。海もいいが、川には流れがあって、それが見飽きない。今後もラオス旅はメコン川とともにあるはずだった。シーパンドンの中でもこのD島は、ゲストハウスのオランダ人オーナーであるスキンヘッドの大男が言った通り、「本当の田舎 (Real Countryside) 」だった。付近にはより観光開発の進んでいる別のD島があるが、こっちのD島にはまだゲストハウスも二軒しかない。島内には舗装された道路がない。それどころか車すらも一台もない。緑の島内にカブがすれ違うのにも窮屈なホコリまみれの道が切り開かれている。そこを歩いて顔を合わす子どもたちの表情には自然な照れと自然な怯えと自然な好奇心がある。同じ三人組の少年少女に二度目に顔を合わせたときにラオス語で名前を聞いてみる。通じた。年上の女の子はファーヤ。人なつっこい女の子はミーン。男の子はサン。シーパンドンの子どもたちを見て思い出すのは、キルギスでみた、パミール高原の子どもたちだ。シーパンドンの子どもたちとパミールの子どもたちには通じるものがある。一方は熱帯の国ラオスメコン川中洲の島に暮らす。一方は枯れた大地中央アジアの山脈の高原に暮らす。

 

最高のコーヒーを飲んだ町

早朝にシーパンドンを出たバスは、カンボジアよりも山の起伏に恵まれた深い緑の国土を真っ直ぐに走り抜け、町もバス停もない謎めいた地点で不意に新たな乗客を拾ったり荷物をおろしたりしながら、昼前にラオス南部の交通の要所、パクセーにつく。パクセーはコーヒーが有名らしい。パクセーのバスステーションは大きな市場と一体となっている。露店のひとつで素朴な笑顔が素敵な若い女性からアイスコーヒーを買う。注文を受けた女性はまず濃厚なミルクが入った缶詰を開け、そこに砂糖を追加してかき混ぜる。次に煮沸したコーヒーを濾過し先ほどのミルクと共に、新しい大きなコップに注ぎ込みよく混ぜる。混ぜ終えると新たに紙袋とビニール袋を用意し、ビニール袋の方にたくさんの氷を入れる。氷の入ったビニール袋をぱりっとした紙袋にすっぽり仕舞い込んだところで、ビニール袋の中にミルクコーヒーを流し込んだ。袋にストローを刺して完成。つまり、ここのコーヒーは袋から飲むのだ。味も抜群ながら、ひとつのコーヒーを仕上げるまでに惜しまれないその何段階もの手間に、不思議な感銘を受ける。
この日はどこまで行くか決めていなかった。パクセーで泊まるか、ヴィエンチャンまで行くか、その間にあるいくつかの町を中継するか。ぼくはこのまま次の町まで向かうこと、そして行先はヴィエンチャンまでの中間地点であるタケク (ターケーク) という町とすることを決めた。その理由は第一に、思ったよりも早くパクセーに着けて次の移動をする時間があったこと。第二に、このバスステーションから多くのバスが出ていること。第三に、パクセーの町中は少しここから距離があり、町とここを今日明日とトゥクトゥクで往復するとそれなりのコストになってしまうこと。第四に、今ここで次に行けば、パクセーを最高のコーヒーを飲んだ町という形で記憶しておけること。タケクに何があるのかは知らない。

 

二万五千キープ

一時間は遅延したタケク行きのバスがやっと走り出すと、パクセーの町を出る前に停車する。窓から外を見ていると、バスから走り出てきた中年女性が売店でサングラスを購入した。女性が戻るとバスは再び走り出した。
タケクについた頃にはすっかり夜。到着予定時刻を四時間は過ぎていた。途中何度もタイヤの積み下ろしが行われ、乗客の乗り降りさえも規則性がなく行われた。例えば、路上にバスに乗りたい人が立っているとする。するとバスは逐一そこで止まり (バス停かどうか関係がない) 、行先を確認し合う。金額交渉もある。ぼくはパクセーで窓口を通して定額で買ったが、途中で乗って途中で降りる人はまた別なのだろう。「料金体系」というものはおそらく存在しない。あとで知ったがこのバスはどちらかと言えば地元の人向けで、外国人はほとんどVIPバスに乗るらしい。VIPバスなら点から点へ寄り道なしに運んでくれるようだ。VIPなんてバカらしい、と考えなしに安い方を買う癖が付いていたあの日々だが、考えてみれば価格差にして三、四百円でしかなかったはずだと記憶している。
あまりの長旅に買い込んでいた食料も尽き、不必要に長い休憩時間で度々バスに乗り込んできていた物売りの子どもたちの一人からカエルのハツを買った。上手ではないが、英語で外国人に物を売ることにも物怖じしない子どもたちのうちのその一人は、少女に見えたが、話してみると化粧をした少年だった。

閑散とした夜中のタケクのバスステーションで、退屈そうにしていたトゥクトゥクのオヤジたちの暗がりに歩み寄った。夜も遅くホステルまでそれなりの距離があったのでトゥクトゥクに乗りたかった。しかし、値段を訊ねるとオヤジのひとりが、そこまで行くなら六万キープだと言う。ぼくはいままさに六万キープのバスに乗ってきたのだ。それと同じ価格でこのたった数キロを行くのは馬鹿馬鹿しかった。ぼくは笑いながら絶句し、最初の値付けがこれなら交渉の余地はないと感じた。
踵を返して歩き始めると、いくらならいいのだと聞いてくる。もう歩くつもりになっていたが、これなら乗っていいという価格を真剣に考えて、ぼくは二万五千キープと言った。これでも十分に奮発している金額だった。
今度はオヤジが呆れ返る番だった。後ろの仲間を振り返って声を張り上げる。「おいおいこいつ信じられねえこと言ってるぜ」みたいな感じだろう。ぼくは妥協する気が無かった。パクセーからここまでくるバスで六万キープ払ったんだ、それなのにこの数キロで同じ額を払うなんてことはできないと言った。
「いいか? よく聞けよ?」
子どもに世の中の常識を教え諭すようにオヤジは言った。
「お前のバスにはたくさんの乗客が乗っているんだ。そして一人一人から乗車料金を徴収している。それが集まるから六万キープでいいんだ。でもな? 今俺はお前一人を乗せて行こうとしてるんだ。わかるよな? だからこれは妥当な金額なんだ。わかった五万五千キープにしてやってもいい」
オヤジの言っていることはもっともだった。だが、歩く覚悟を一度決めてしまったぼくの立場は強かった。オヤジの理論はもっともだからこそ、ぼくはもう折り合いがつかないと判断した。出せない金は出せない。再びぼくは踵を返して歩き始めた。
オヤジが追いすがる。
「五万!」
「四万五千!」
ぼくは途中から見向きもしなかった。
「わかったよ!二万五千でOKだ!」
ぼくは厳しい表情を崩さないようにして言った。
「本当だな? 二万五千だな?」
乗り込んだ後も何度もそれを確認した。

 

(たいchillout)

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