【インド/デリー】市ヶ谷から丸の内まで

The Artful Baker

バスがデリーに到着したのは早朝。

シートで寝ながら一風変わった夢をみた気がするがなにひとつ覚えていない。外は寒く、真っ暗だ。いま自分が巨大なバスステーションにいるという予感はある、しかしその全体像は掴めていない。
空が明るくなるまでこの降車地点から移動しないことに決め、例によってすぐそばにあった露店でチャイをたのんだ。
足元をねずみが走り抜ける。チャイ屋の男は、この寒い中で素足にサンダル履きである。
バスから降りた客とバスを待つ客がおり、チャイを飲む人間もいれば、食事をする人間もいる。皆なにかを待っている。ぼくは夜が明けることを待っており、ついに二度目のインド入りしたことを感慨深く思った。

明るくなり、メトロに乗って街中へと移動を開始する。チェックイン時刻にはまだ早いのでとりあえず漠然と「街中」を目指している。メトロのチケットは半券ではなくコインの形をしている。メトロの中はきれいだ。コルカタとはずいぶんと違う(バラナシにはメトロがないし、ネパールには鉄道がなかった)。早出の通勤客が多い。皆が力の抜けた顔で押し黙っている。セーターにジーンズにリュックという垢抜けたインドの男たちだ。眠いのだろう。お互いに無関心な大勢の人々。それは、ここが都会であることの証明なのである。
適当な駅で降り、地図アプリで探したスターバックスを目当てに歩いたが、そこにスタバは無かった。こういうことはこれまでにもときどきにあった。スタバじゃないカフェがスタバとして登録されているのだ。仕方がないのでそのスタバじゃないカフェに入る。The Artful Bakerという名前のカフェだった。パン屋のように小さく、お洒落なカフェだった。というかパン屋なのかもしれない。The Artful Bakerでぼくはアメリカーノとバタークロワッサンをいただいた。

カフェを出ると路上で写真撮影をしていた。カメラマンの男性とパンク風のセクシーな衣装を着た女性の二人組だ。雑誌の撮影か、あるいは本格・インスタグラマーか。デリーはインドのエンターテインメントの発信地でもあるのだろう。国産エンタメ産業の規模感で、その国の真の豊さが分かる。日本を除くアジアであれば韓国のカルチャー群はやはり圧倒的。今まさに大勢の若者が大挙してエンタメを消費し尽くそうという熱気があるのは、中国の本土やタイだろうか。シンガポールや香港、台湾にもセンスの良い若者が多いが、母数が少ない。その点インドには期待できる。ボリウッドという言葉もある。インドのエンターテインメントは内需の大きさを武器に大発展を遂げ、いずれ世界的な影響力を持つだろう。

 

Starbucks

バックパックを背負いながらまだ朝早いデリーを歩き続けた。バス停のベンチで腰を下ろして休憩していると「ガイドをしてやる」と声をかけてくる男性がいたが、断った。カンボジアで会ったカズキ新疆で会ったS君いわく、インドで詐欺・ぼったくりが一番ひどいのはデリーらしい。ほとんどの観光客がデリーの空港からインドへ入国するからだろう。ぼくがコルカタからインド入りするつもりだと言うと、二人ともそれが正解だと言った。
東京に例えると、ぼくは市ヶ谷あたりでメトロを降りて、靖国神社の脇を通り、九段下側から皇居を回り込んで丸の内に向かって歩いたような感じだろうか。地図上ではデリーの中心地なのに意外と人が少なく、公的な雰囲気のある建物や広場をいくつか通り過ぎた。そしてやっと周囲に活気が出てきたところでスターバックスにありついたわけだ。
インドのスタバにはショートサイズがあった。外国のスタバに行ったことのある人なら誰もが知っていることだが、外国のスタバにはショートサイズがない。本家のアメリカもそうなのだから日本が例外なのである。つまりショートサイズは少食の日本人向けの「ローカライズ」なのであるが、興味深いのはインドも同じ扱いであること。むろん、考えてみればその理由は自明だ。インドには、スタバのショートの半分よりもさらに小さいコップで飲む「チャイ」という文化が根付いているのだから。
デリーのスタバには朝の活気がある。ぼくの隣には隙無くスーツを着込んだビジネスマンが座っており、背筋を伸ばしてノートパソコンを開いていた。
東京にいて、自然かつ格好良いスーツの着こなしをしている人を見かけることはほとんどない。自然に着ている人はだいたいみすぼらしいか不潔だし、格好良く着ている人はほとんどの場合、一生懸命なオーラが出てしまっている。一生懸命なオーラというのは、異性にとってはそれほど気にならないが、同性にとっては近寄り難さの一因になる(これは女性同士であってもそうなのではないか)。
他方のインド人がスーツを着ると自然で格好良く、しかも品があってゴージャス、ということになる。

10ルピーの市バスに乗ってホステルのある新市街へ向かうと、途中でバスが止まった。どうやら故障らしい。乗客全員がその場で下され、後からきた同じ方向に向かうバスに全員で乗り換えた。おかげでひどい満員である。座る場所もない。地元の人ばかりなので背負ったままのバックパックが場所をとるのが心苦しかった。

チェックインしてシャワーを浴びた。前日の夜明け頃に出発したバルディヤから、ほとんど休みなしの、ここ最近では長めの道程を経てやっと一息というところ。
ドミトリーメイトにはカナダ人男性のコリーとタイ人女性のダーがいた。二人はここに長期滞在しているのか、既にかなり打ち解けている。ダーは日本の漫画(特に『東京喰種』)、や日本の音楽(特に『X JAPAN』)、日本の化粧品が好きだと言った。

(たいchillout)

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