【インド/デリー】お前から話しかけた人間だけが信用できる

300ルピーなら俺は乗らなかった!

深夜特急の当初のコンセプトはデリーからロンドンへ向かうことだった。ひょんなきっかけから沢木耕太郎は香港と東南アジアをその"前哨戦"として旅することになったが、多くの読者にとって、そしておそらく沢木氏にとっても旅のハイライトは一カ国目の香港だった。

デリーに来てみて、ぼくはそれほど感慨は湧かなかった。同じインドであればコルカタカルカッタ)の方が沢木ファンとして思い入れが強い。深夜特急のデリーパートはあまり記憶に残っていない。

新市街のホステルで一泊したところで、さっそく翌朝に二泊の延長を申し出る。朝食時に居合わせたインド人ゲストに「デリーのメトロは綺麗だね」と言うと驚かれた。先進国であるジャパンはもっと綺麗だと当然のように彼は思っていたらしい。実際はそうではない。東京の地下鉄は路線によるが古いし天井も低くて狭い。音もうるさい。デリーは新しいので綺麗だ。そしてハイテクだ。
ぼくは世界各地で地下鉄に乗ってきたが、ひどいのはアメリカだ。ニューヨーク。そしてボストンは戦車みたいに古めかしい車両だった。駅もかびくさくて改札もローテクだった(アメリカに行ったのはこの旅以前の話だ)。(この旅を終えて振り返ったところで言うと)パリやロンドン、ローマもすごい。たいがいだ。要するに、古くから栄えていた都市の地下鉄は古くに建設されているので老朽化しているということ。デリーは新しい。シンガポールや中国の南寧、そしてドバイも綺麗だった。皆、都市としての歴史が浅いからだ。

ホステルのランドリーサービスが割高だと感じたので、近くのクリーニング屋に洗濯物を預けてきた。カフェでコーヒーを飲み、村上春樹の既刊をkindleで購入し、ネパールで会ったゲイルとメッセージを交換した。街歩きを再開して、バナナを二つ購入、ポテチ(スペイントマト味)も買った。小雨が降っておりそれほど快適ではない。デリーの街の感じを二日目のこの日、ちょっとずつ掴んでいく。昼食はカレー屋。ベジタブルカレーに二枚のチャパティで58ルピーだ。80円くらい。

ぼくは次の目的地をほとんどムンバイに決めており、問題は鉄道チケットだった。昨日行ったホステル最寄りの駅でムンバイ行き夜行列車について尋ねると、ここでは買えないからnizamuddin駅に行けと言われたのだが、今日nizamuddin駅に行くと駅構内の窓口をいくつもたらい回しにされた挙句買えなかった。そこで、気まぐれに、悪名高いと言われるデリーの旅行会社に入ったが相場を知っているぼくにはやはり高い。もうひとつのターミナル駅である「ニューデリー駅」へ向かうことにした。
歩き疲れたので、リキシャにトライした。それほど値切るつもりもなく、手近にいたドライバーの中で比較的若く好青年風の男に向かっていくと120ルピーと言うので、「よしそれでOK」と言い値で彼のリキシャに乗ったのだが、いざ到着したとき男はこう言った。
「けっこう登り坂で大変だったので300ルピーにしてくれ」
ぼくはドキッとしたが、負けてなるものかと思い、
「300ルピーなら俺は乗らなかった!」
と言って120ルピーを座席に叩きつけて振り返らずにその場を後にした。追いかけてこないだろうと思ったが、やはり追いかけてこなかった。

 

余裕がない人間の思考

そこからメトロに乗ってニューデリー駅に行く。券売機に並ぼうとしているときに誰かが横から割り込んでくる気配を感じたので、ぼくは頑なになって自分が先に買おうと前に出ようとしたがタイミングが少し遅く、やはりぼくは後になってしまった。しかし、割り込んだように見えた男はぼくに「いいよ買いなよ」と先を譲った。ぼくは困惑したが彼の好意に甘えた。
そしてぼくは気がついた。頑なになって先に並ぼうとしたのはぼくだけだったということに。インド人は(というか日本以外の多くの国の人は)並び順をそれほど気にしない。券売機でも空港でも飲食店でも列が乱れていることが多く、ぼくはそれに懸命に理解を示しながらも、それでもやはりイライラすることは多々あった。ぼくは「人に迷惑をかけたくない」という思いが強く、その分「人に迷惑をかけて欲しくない」という思いも強い。デリーのメトロで券売機に向かったとき、ほとんど無意識にぼくは「インド人だからまた割り込まれる」と思ってしまった。旅慣れているというプライドもあり、「負けたくない」と思ってしまった。それは偏見で、そして余裕がない人間の思考だった。

 

青いジャンパーの男

ニューデリー駅で、ムンバイ行きの寝台チケットが買えた。コルカタからバラナシに行くときはAC3クラスだったが 今度はひとつ下のSleeperクラスのチケットだ。今は冬だからエアコンは要らないという判断もあるし、AC3でなんとかなったからSleeperでもいけるだろうという判断もあった。お財布事情もあった。イェジィもSleeperで無事ゴアまで旅をしたようである。ブランケットはないらしいが寝るときはウィンドブレーカーをお腹に乗せれば良いだろう。
ニューデリー駅でもぼくは迷い、窓口をたらい回しにされ、詐欺師らしき怪しい男につきまとわれたが、途中颯爽と現れた青いジャンパーのインド人の男(背中に1933と刺繍がある)に救われ、彼に正しいチケットオフィスまで案内してもらった。青いジャンパーの男は「インドで向こうから寄ってくる人間の言うことは一切聞くな。お前から話しかけた人間だけが信用できる」とぼくに忠告した。

(たいchillout)

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