【インド/ムンバイ】神聖な場所には何もない

アフガニスタン

ケーララ州コチ行きの寝台列車のチケットをチャーチゲート駅で買った。出発は二日後だ。チケットカウンターに並んでいたのだが、目に見えてイライラしている西洋人男性がいて、彼はどうしても今日の鉄道でデリーに行きたいらしい。彼の出身はハンガリーだった。
長距離列車のチケットはどこでも買えるわけではない。特に外国人には専用の窓口があった。ぼくの前に並んでいたのはアフガニスタンからきた男性だった。旅行者か仕事かわからない。アフガニスタンは紛争地帯だ。一部、渡航が可能なエリアがあるとどこかで聞いた記憶があるが、ぼくにしては珍しく行くことをイメージすらしなかった国だ。旅をしていればそこで何人(ナニジン)に会っても驚かないが、アフガニスタンにはインパクトがあり、まじまじと見てしまった。不思議なことに、一般市民である彼自身がゲリラ活動をし銃火器や軍用ナイフを携帯しているわけではないとわかっているのに、彼に関わったら危険なのではないかとそのときぼくは無用な警戒心を持った。その考えが全く理不尽で頭の悪い間違いであることに気づきながら、ぼくはぼくの緊張感を取り除けずにいた。

 

開襟シャツのおっさんたち

チャーチゲートから徒歩で南にくだれば、イギリス植民地時代を彷彿とさせるトラディショナルな建築が並ぶ。美術館、そして官庁街だろうか。その割には大衆的な雰囲気もある。地図アプリでピンを打っておいたビアバーに入って昼下がりながらエールとIPAで一服。テーブルも椅子も高いタイプの、吹き抜けのある二階建てのバーだ。その後夕方にかけてゲートウェイ・オブ・インディア・ムンバイから大勢の国内外の観光客に混じって海を眺めた。街頭のスタンドでケバブの親戚のようなものを買って食べる。スパイシーだが具材は、インドなのでベジタブルだ。黄色く濁った目をした老人が何事かを話しかけてくる。ぼくは日本語で「うまい 美味しい めっちゃうまい」と言った。
やがて、ドアが開け放たれた満員電車で帰るのだが、車内は仕事帰りのおっさんばかりなのに少しも臭くなかった。全開のドアから入り込む風が車内を開放的にしている。西に、アラビア海に沈む夕日が見える。おっさんたちは誰もスーツを着ておらず、開襟の、リネンかコットンの半袖シャツを着ている。東南アジアでも男たちはよく開襟シャツを着ていた。肌の色の濃い痩せた男たちには襟のついた開襟のシャツがよく似合う。目的の駅が近づいてからだをもぞもぞさせているぼくに一人のおっさんが何事かを言った。何を言ったのかわからなかったが、ぼくは駅の名前を言った。おっさんたちは協力してぼくに道をあけてくれた。

 

Worli Fort - 少女の歯

翌日、ドミトリーを変えた。豊かな地域らしく、清潔なスーパーマーケットがあった。たしか三階建てだったと記憶している。外国ではよくあるように入店に際して大きなバッグはロッカーに預ける必要がある。パッケージデザインにも手を抜かないブランド意識を感じさせる食品が多く、もちろん外国産も多い。スタバに行くとパソコンを広げ打ち合わせをする男たち、外国人、勉強する大学生や高校生がいる。
だが、海辺へ近づくと再びスラムに入った。スラムの特徴は家が家らしい原型を留めておらず、臭いがあって、切断された鶏が転がっていたりする。そして人は必ずいる。スラムは平日の日中だからといって過疎になることはない。オフィス通勤したりママ友ランチをしたりすることがないから生活が止まない。ぼくは海を目指して歩いた。海があればとりあえず海まで歩く習慣になっている。ムンバイのスラムは三つ目だ。ひとつ目はここで触れている。二つ目は二日前の午後のことで、これも海のそばだった。Worli Fortという要塞が岬の突端にあって、そこに向かっていくまでの半島全体がスラムだった。そこはスラムなのにカラッと乾いていてバラナシのよりも入り組んでいたがなぜか小さな道にも時折日差しが届いた。ぼくはその中を何人かに道を聞きながら何も無いWorli Fortまで行った。Worli Fortはイギリスかポルトガルがつくったらしい要塞だが、本当に何も無い。当然観光地でもなかったが先端でわかりやすい場所にあったので行った。そしたらスラムを通りぬけることになったわけだ。"神聖な場所には何もない"。ハイロウズの曲にそういう一節があったことを思い出した。Worli Fortには猫が一匹と波の音、海にかかった橋を渡る車の音があった。Worli Fortの北の数キロ先にはBandra Fortがあり、二つのFortの間は湾になっている。湾を渡る大きな橋がWorli Fortの南の半島の付け根から伸びていた。引き返す途中、小道の先にオモチャの狩猟銃を持って、猫にミルクをやるおかっぱの少女がいた。通りがかったぼくが少女に笑いかける前に座り込んだ少女がぼくに笑いかける。人懐っこさとはこのことをいう。ぼくはとっさに、口を開けて笑った瞬間の少女の歯を見た。スラムに暮らす子はどんな歯をしているのだろうと思った。

話が二日前に脱線してしまった。ともかくまた海に出た。こちらは弓のように曲線を描くロングビーチになっており、泳いでいる人はいないが、クリケットやビーチバレー、サッカーをしている男たちがたくさんいた。意味もなく歩いている人も多い。再び夕暮れ。自分の身体よりも大きな袋を担いでゴミを漁る背筋の伸びた小柄な老婆。上空の飛行機。夕飯はSantacruz(サンタクルーズ)という駅の前まで歩いてハッカヌードルを食べた。

(たいchillout)

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