【ギリシャ/アテネ】「ありがたみ」のほかに

平成から令和へ

ギリシャにいるあいだに日本の元号は平成から令和に変わった。日本ではそれなりに盛り上がっているようだが、こちらはふーんという感じだ。距離的に遠いところにいることだけがその理由ではない。
「時代の節目」はたしかに同時代を生きる人々に高揚感をもたらす。だが、改元があったからといって私たちの人生も都合よく締めくくられ、仕切り直されると考えてしまうのはいささか発想が勇み足だ。ぼくは傾向として、そういうところに慎重になる。筋トレもスキンケアも日経平均もシーズン打率もぜんぶ昨日の続きから今日がはじまるわけだ。平成が令和になっても、令和がチクワになっても足りないポイントは依然として足りないままで、必要ならばこれからもこつこつとこれまでと同じように積み重ねていくしかない。だって、実際そうじゃん? 奇をてらって妙なポジションをとりたいわけでもなく、ぼくはそのシャープな現実を、冷静に受け止めていたいと、いたって真面目にそう思う。そしてそこからも希望を生み出すことはできると信じている。

 

「ありがたみ」のほかに

かのパルテノン神殿が鎮座するアテナイのアクロポリスには入場しなかった。20ユーロ。別の場所にある別の遺跡なども見学できる5日間の通しチケットは30ユーロ。似たような価格でピラミッドを見た記憶が新しかったし、この一年弱どこに行っても世界遺産があるので、「ありがたみ」や「そこに行ったという事実」のほかになにか別の動機がないと、どうにも見学するモチベーションがわかなくなっていた。

そのかわりに、美しい景色、印象的な光景には街で出会う。

白いTシャツ、赤いエプロン、ジーンズ。うまそうにタバコを吸いながら親しげに誰かと電話をしている飲食店の女性スタッフ。束の間の休憩時間の至福の一服と見える。

お菓子売りの台車を押して歩く老人。彼に、露店のアクセサリー屋の女性がおどけて敬礼をしてみせる。きっといつもこの道で顔を合わせている二人の、ささやかな仲間意識。

アコーディオンを弾く女性のストリートミュージシャン。彼女のためのチップが入った缶を蹴り飛ばして通り過ぎた男性。わざとだったら最低。

閉店後のペットショップのショーウィンドウ、鉄格子越しに水槽の熱帯魚を凝視して動かない老人。

大聖堂の宗教画に祈りを捧げるようにキスしたひと。

読書をしながら通行人の恵みを待つ乞食。

彼に見向きもせずに通り過ぎる、陽光に輝くブロンドの美女たち。

たむろすることで絆を深め合う移民たち。

 

途中、港町のピレウスに日帰りで出かけたのも含めて、アテネで5日過ごした後、次の目的地であるアルバニアに夜行バスで向かった。そこから先、ぼくはバルカン半島をほぼまっすぐ北上していくことになる。アルバニアに行くことを計画していたわけではなかった。『深夜特急』の沢木耕太郎ギリシャからフェリーでイタリア入りしているし、テッサロニキを経由して陸路でブルガリアやトルコを巡るのも魅力的な選択肢だ。もちろんエーゲ海に浮かぶ無数の島々のことだって考えた。アルバニアを選んだのはひとつの結果にすぎない。

 

2019年5月 たいchillout