【インド/ムンバイ】アラビア海へと続く坂道

ポンデリング

かつてはボンベイと呼ばれたムンバイはインドの国土の南でも北でもなく真ん中にある。そして西のアラビア海に面している。経済と人口では首都デリーと同格の規模を持ち、貿易の港町で、映画を中心としたエンターテインメントにも強い。
ただ歩くだけで、空気も植物も砂も街もデリーとはずいぶん違う感じがした。まず第一に気温が大きく違う。露店で売っている食べ物も違う。デリーと比べるとムンバイにはカレー屋が少なく、チャイ屋も少ない。その代わりにデリーでは見かけなかった謎の揚げ物を売っている店が多かった。甘そうで多分自分の好みではないと思った。遠目にはミスタードーナッツポンデリングにも見えなくないが絶対ちがう。

 

ストロベリーラッシー

予約していたホステルの宿泊客はアクティブなタイプの若い西洋人ばかりだったが、狭く、砂埃が舞って、現地の人の人通りが絶えない道にあった。シャワーを浴び長い鉄道旅の汚れを落として軽くホステルの周りを歩いた。インドではじめてのラッシーを飲んだ。ストロベリーラッシーだ。インドといえばラッシーということもあってか、特にバラナシでは日本人に有名なラッシー屋がいくつかあるようだったが、ぼくは興味がなかった。ムンバイで入ったラッシー屋は喫茶店のような雰囲気があり、観光客は誰もこなそうだからきっと美味しいだろうなと思った。やっぱり美味しかった。お昼時をすっかり過ぎた田舎のモスバーガーみたいな弛緩した雰囲気の店内に客は少ない。仕事の打ち合わせといった雰囲気の男女は、清潔な身なりをしており、肌の色が濃いから原色の服がすごくビビットに映える。二人の周囲だけを切り取るとここがアメリカの学生街だと言われてもおかしくない。それから道でおじさんから焼き芋を買って、人の少ないビアバーに行って、この日は早めに寝た。

 

Riye

よく晴れた次の日、この日もとりあえずホステルの周りを探検しようと、地図アプリで適当に目星をつけた教会を探して、半分スラムのような場所に迷い込んだ。スラムの定義はわからないが、その場所はまずざっくりと印象がきたなくて、人々の生活が狭い道にはみ出している。どこまでが家の敷地かわからず、どこからか茶色や黒っぽい液体が流れてきているからそれを爪先立ちで避けながら歩かなければならない。だんだんと道幅が狭くなってきたところで、目の前に学校の制服を着た少女が立っていた。中学生くらいだろうか。少女はぼくの行き先に立ちはだかっていて半身でこちらを振り向いた。ぼくは立ち止まった。少女はおびえるのでもなく、好奇心をのぞかせるのでもない様子で「Where are you going」と言った。「church」と答えた。なんのchurchか忘れたからただchurchと言ったのだが、少女はどの教会のことか判ったらしい。「こっちじゃないよ」と言った。ぼくはどうしても教会に行きたかったわけではなく教会を目安に散策をしていただけだったので、それならそれで構わないからこのまままっすぐに行きたい、と思ったが上手く言えるはずもなく、ぼくが困っていると思ったのか少女は「案内してあげる」と言った。ぼくたちは少女の家の前に立っていた。少女は家の奥に向かってヒンドゥー語でなにかを言った。「道に迷っている旅人さんを○○教会まで連れていってくるわ。すぐ帰る!」。たぶんこんな感じだろう。
教会までの道中、インドなまりが強かったが少女は淀みなく英語を喋った。ぼくはほとんど聞き取れなかった。「日本はテクノロジーがすごいんでしょう?」そう言ったのは聞き取れた。教会に続く上りの階段のふもとに立って、別れ際にRiyeという名前を教えてもらった。発音だけでは聞き取れなかったのでスペルを一文字ずつ教えてもらった。

 

アラビア海へと続く坂道

教会を見た後、地図を頼りに海の方向に歩いた。しばらく海を見ていない。ムンバイの前はデリーで、その前は内陸国のネパールを横断しており、ネパールの前はバラナシ、その前はコルカタコルカタに飛んだのはバンコクからだ。コルカタでもバンコクでも海を見ていない。バンコクの前はチェンマイチェンマイにはラオスから陸路で入った。ラオス内陸国ラオスの前はカンボジアカンボジアにはベトナムホーチミン・シティから入国している。ホーチミン・シティでは海を見ていない。最後に見た海はホイアンからホーチミン・シティに南下するバスからの風景だ。ちょうど二ヶ月前頃になる。
潮の香りが漂う。もうスラムではない。威厳のある大きな建物が多く、いくつかは大使館かもしれない。やがて下りの坂道のアスファルトにでた。アラビア海へと続く坂道。坂の上から海が見えたからそう思ったのだ。
海を見てもやることはない。ムンバイは暖かいが二月なのでさすがに泳いでいる人はいない。人も少ないがゼロではない。ぼくのようになんとなく海にきたという現地の人たちが点々といる。岩場で洗濯物が干されている。濡れた長い髪を振り乱す子どもに見惚れていると、ぼくによってきて右手を差し出した。お金はあげない。子どもはインド人にしても肌の色が黒かった。男の子なのか女の子なのかもわからなかったが、目も眉もとても鋭く美しい。子どもはぼくに断られてもしょげることも卑屈になることもなく、大きく手を振って歩いている。
海岸沿いで見つけたカフェのテラスでチョコチップマフィンとカフェラテのランチをしていると、さっきの子どもが小さい子を抱っこしていた。抱かれているのはまだ歩けない子だ。髪の長い子どもは、ぼくには気づかずにカフェの前を横切った。

(たいchillout)

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