紀勢本線で二つの虹をみた話

日本の喜望峰

外宮、内宮、おかげ横丁と参拝を終え外宮前にバスで戻り、ソーセージと「伊勢ピルスナー」のランチを済ませたら、その足で串本を目指した。串本では「南紀」という一泊3,000円の民宿を予約していた。

串本は和歌山県の最南端にある「本州の最南端」の小さな町だ。
伊勢参りの後、大阪南港発のフェリーに乗るまで二晩の時間があった。特急や高速バスなら数時間の距離だが、それはなんだか味気ない。鉄道の路線図を見ると、三重、和歌山、大阪と紀伊半島の海岸線を走る路線がある。三日だけの国内旅行は、ローカル線で海を見ながら、というのは素敵だなと考えた。
では、どこに二泊するか。そこで真っ先に目に止まったのが、紀伊半島の南端にある、串本という名の町だった。よく見れば紀伊半島の形はアフリカ大陸のそれに見えなくもない。紀伊半島がアフリカ大陸なら、その南端に位置する串本は日本の喜望峰ということになる。

うん。これは面白い。ぼくは勝手に串本を、日本の喜望峰だということにした。
そして実のところ、この旅において、太平洋はこれで見納めとなる可能性が高い。日本を出る前に、伊勢神宮にお参りをし、太平洋を見納め、日本の喜望峰に泊まって行く。それはとても魅力的なアイデアだった。

 

二つの虹

紀伊半島の海岸線を走るのはJR紀勢線だ。その中でも串本を挟む形で新宮駅から和歌山駅までを走る路線をきのくに線という。きのくに線はブルーともグリーンともつかない車体の色が素敵だ。
伊勢市駅から、参宮線紀勢本線、そしてきのくに線と乗り換えた。中学生の帰宅時間と被ったきのくに線以外は、乗客は数えるほどしかいなかった。駅についてもボタンを押さなきゃドアが開かないワンマン運転だ。
ボックス席はなかったため、ぼくは海を見るためにあえて海岸線と反対側の座席列の端っこに陣取り、バックパックを座席に置いた挙げ句、靴を脱いで足を上げ、膝を立てて横向きに座った。

天気は不安定だった。ときおり強い雨が降っては止んでいた。参宮線はおじいさんとおばあさんとぼくだけで独占していた。
紀勢本線に乗り換えたあたりから、帰宅部らしき中高生がぽつぽつと乗車してきた。路線は海岸線を走っているが、常に海が見えるわけではなかった。
ぼくが足を上げていた先に、男子高校生のグループが乗ってきた。正面の席に女子中学生(高校生?)がひとり乗ってきた。
男子高校生のグループははしゃいでいたがぼくはそれには動じずに、座席に足を上げたまま、女子中学生の背後の車窓からときおり見える海と、不安定な空を見ていた。
雨は止んでいた。
そのとき、急に虹が出ていることに気がついた。
雲の流れが早く、虹が現れたり、消えたりしているが、海の上にとても大きな虹が長時間存在し続けていることは確かだった。
こんな大きく、こんなに長く虹が出ているのを見たの初めてだったかもしれない。冗談ではなく、ぼくにとって虹はジョウロから花壇に水をやるときに発生するものだった。
ぼくと同じ側に座っていた男子高校生のひとりがそれに気づいたようだった。
ぼくには、彼が小さな声で「虹じゃね?」とつぶやいたような気がしたが、他の誰も反応しなかったので空耳だったのかもしれない。
この車両で、誰も虹を見ようとせず、ぼくだけがひとりで立ったり座ったりと不審な動きを繰り返して、虹を見続けようとしていた。
そして、ぼくはもうひとつの虹を見つけた。目の前の女子中学生が持っていた傘が、まさに虹模様が描かれた傘だったのだ。

これは、幸先の良いものを見てしまった。この旅はもしかしたら(やっぱり)とても良いものになるのかもしれない。二つの虹を交互に見ながら、そんな予感と、そうやって活力にしていける自分への自信のようなものがむくむくと湧いてきていた。

 

きのくに線

きのくに線に乗り換えたら、2つしか無い車両いっぱいに中学生が乗っていて大変だった。外は暗くなり、途中大きな虫が侵入してきたときは大騒ぎだった。ひとりの男子中学生は、虫を退治しようと腕を振り回したら、そのまま手に持っていたスマホまで投げ飛ばしていた。虫は、ぼくも含めて全員の耳元をきっちり三回は通過した後、タイミング良く誰かが開けたドアから隣の車両に飛んでいった。一号車の全員が安堵し、謎の一体感に包まれた瞬間だった。

串本についたら真っ暗だった。民宿「南紀」には共用のシャワーしかないと言われていたので、温泉「サンゴの湯」に行った。20:25頃につき、21:00には鍵を締めるとおばさんが念を押すから、着替えも出さず急いで入った。「南紀」は畳の部屋だった。エアコンは有料だったので窓を開けた。暑かったので布団をどけて畳の上で寝た。

 

P.S.
たいchilloutはこの記事を書いた時点で韓国の釜山にいます。ブログの更新には時間がかるので、リアルタイムの状況を追う際はTwitterを見るのがおすすめです。

 

(たいchillout)