【モンゴル/ウランバートル8】三ヶ国語で乾杯編

レストランは、大きなゲルというよりかは、サーカスのテントだった。奥に厨房が併設されていて、テーブルクロスの掛けられた綺麗なテーブルが並んでいる。その中の最も暖炉に近い位置にぼくらのナイフやフォーク、グラスが用意されていた。客はぼくらだけだった。宴は伝統的なミルクティーと共に静かにはじまった。

4人がけのテーブル。ぼくの前にシャオロン、シャオロンの隣にクラウラ。そして待ってました。遅れてぼくの隣に登場したのはモンゴリアンビールのピッチャーを抱えたナイスガイだ。
「トクトーイ!」
モンゴル語で乾杯の意味だ。ドックたちに教えてもらったそれを披露する。するとクラウラが日本語で言う。
「かんぱい!」
ぼくも負けない。
「かんぺい!」
かんぺいは中国語の乾杯だ。3ヶ国語で乾杯した。
シャオロンはブッディストだから飲まない。クラウラはあまり飲まないらしいが、少しだけと言って今日はビールを飲んでいる。
モンゴルのビールはうまかった。寒い地域だからだろう、東南アジアのビールよりも度数が高く濃厚だ。シュウマイと肉まんが合体したような「ボオズ」と、人参の炒めものが運ばれてくる。ボオズのタネは羊の肉だ。うまい。ビールが進む。英語と中国語で4人はたくさんの話をした。
シャオロンの次の行き先はどこが良いか、ぼくの次の行き先はどこが良いか、日本の景気、中国の景気、ブッディズム、お酒、スマートフォンの功罪、人種差別、日本について、中国について、モンゴルについて。

 

スマートフォンの功罪

「日本の若者は朝から晩までスマートフォンで遊んでいるというのは本当か」
シャオロンが言う。
「そうだね。彼らはスマートフォンが友だちなんだ」
ぼくが答える。
「日本の若者の親は、子どもができたらすぐスマートフォンを与えるというのは本当か」
シャオロンが言う。
「それは状況によるね。depends onだ。でもすぐスマートフォンを与える大人は多いだろう」
「ロック(機能制限)はするのか。中国はロックする」
「ロックはしない場合が多いと思う」
シャオロンはスマートフォンに反対のようだった。
simがないとか圏外だとかでパニクってた営業マンがよく言うわ。心の底でそう突っ込みながらぼくはシャオロンに同意を示した。
「あなたの言いたいことはとてもよく分かる。ぼくは同意する。スマートフォンは人に悪影響がある」
ぼくがそう言うと、クラウラはシャオロンへの翻訳を省いて、意外にも強く反論する。
「なんで?私はそう思わない」
そうきたか。ティーンネイジャーよ。
真剣10代(クラウラ)、20代(ぼく)、30or40代(ナイスガイ)、50代(シャオロン)しゃべり場開幕だ。
ぼくがシャオロンに同意したのは本心だ。しかしその同意には、早い時期からスマートフォンに積極的でありその恩恵を十分知り尽くしている自分だからこそ、という逆説的前提があった。そこがきっとクラウラに伝わっていなかった。
しかしうまく説明できない。するとナイスガイが言う。
スマートフォンは良い。でもoveruseに気をつけなければ、ときに悪影響になる。わるいのはスマートフォンではなくoveruseだ」
完璧である。ぼくはまさにそれを言いたかった。overuse = 使いすぎである。クラウラ、シャオロン、ぼく、3者の立場と意見を正確に把握した上で、overuseというシンプルな1語で議論を着地させる年長者の手腕に舌を巻いた。しかしナイスガイが離席したタイミングで本当の年長者が中国語で話を蒸し返す。それを聞いたクラウラが笑いながら、しかしとても言いづらそうに、英語に訳す。
「シャオロンが言っていることは、とても、クリティカル(批判的、重要)です…。彼が言いたいことはとてもわかります…。つまり、彼はその、子どもたちが、セクシーなウェブサイトにアクセスできてしまうことが…とても悪影響だと言っています…」
おいおいおい。このじじいめ。10代の女性を通訳に議論することじゃねえぞこれは。
そしてクラウラは苦笑いで続ける。
「でも、これは私の意見ですが、それは…別に良いと思います。だって、中国の若者にとっても、日本の若者にとっても、それは、彼らにとって、Ordinaryなことでしょう…?」
なんて聡明で誠実な女性なんだ、あなたは。Ordinary = 普通、当たり前。そう聞かれてYesと答えるしかなかったぼくの敗北感をこの世界の誰が知ろうか。

(たいchillout)

f:id:taichillout:20180822230637j:plain