银河铁道TIMES

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【ラオス/ヴァンヴィエン】ニワトリからワインまで

定番の辺境と内向き志向

道無き道を切り開いているように見えるバックパッカーたちでも、現代のバックパッカーはそのほとんどが定型化されたルートを辿る。意外にもそこが非先進国であるほど、バックパッカーの旅路は定形化される傾向にあった。
考えてみればもっともである。先進国ならどこへ行っても生活はできるが、非先進国ならそうは行かない。先進国なら津々浦々交通網が敷かれているが、非先進国はそうではない。そして非先進国であるほどバックパッカーの落とすなけなしの外貨にも大きな価値があり、よって自ずと観光産業に力点が置かれる。観光地化が進む。ときにその国にとってアンバランスな程に。アンバランスな形に。
ラオスもまたそういう印象があった。アジア最貧国と言われながら、バックパッカー向けの交通網や宿、食堂、ツアーには不思議なほど不自由しなく、物価は隣の大国であるタイよりも若干高いくらいだった。ヴァンヴィエンもそういった定形化されたルートの一部、バックパッカー向けに発達を遂げた「定番の辺境」の一つだった。

だがぼくがこの町を知ったのは、ラオスについてリサーチをしたからでもなく、いつものように旅人の間で話題に上がったからでもなかった。それはまだラオスでのルートを一つも定めていない一ヶ月ほど前、とあるラジオ番組を聴いたことがきっかけだった。
その番組は毎年クリスマスイブに沢木耕太郎がナビゲーターを務める『MIDNIGHT EXPRESS〜天涯へ』 (J-WAVE) である。
VPNで日本サーバーを経由しRadikoを利用して聴いたその番組で、沢木氏が今年 (2018年) にヴァンヴィエンを旅行したときのエピソードを語っていたのだ。
沢木氏曰く、ヴァンヴェンはかつてはヒッピーたちがドラッグを求めてたどり着く、それはそれはディープな町だったという。しかし今年、久しぶりに行ってみるとその様子は様変わりし、なんとコリアタウンになっていたというのだ。
氏はその原因を特定する。理由はどうやら韓国からヴァンヴィエンへの直行便が就航したことらしい。都市の発展と観光客の増加に直行便の有無がこれほどまでに影響することに大きく驚いた、というのがその逸話の言わんとするところだった。
ただもう一つ氏を考えさせたことがある。それは、コリアタウン化とは無関係に、かつてはヴァンヴィエンに大勢いた日本人の若い旅人がすっかり姿を消していたということだった。日本の若者の内向き志向。それってどうなの? その問いかけもまた、旅に生きた沢木氏からリスナーへのメッセージだった。

 

ニワトリからワインまで

アニメのワンシーンのようだが、ラオスではどこに行ってもニワトリの鳴き声で目が覚めた。特にヴァンヴィエンのニワトリは格別にうるさかった。
南はヴィエンチャン、北はルアンパバーンへと直結するメインストリートに出ると、東に遠く山が見える。ぼくは自分が物心ついてから山のある街に住んだことがないことに気がついた。今日も良い天気の一日がはじまりそうだった。起きてまず山が見えるって、なんて素晴らしいのだろう。
手近な露店食堂で朝食としてヌードルスープを食べていると、机の上に勝手にペットボトルの水が置かれる。それが請求金額に入っていたのかを確かめずにぼくはお金を払った。
町を歩き出せばすぐに韓国語が目に入る。沢木氏の言っていたことは本当だった。韓国人以外はバックパッカー風の旅行者が多いが、韓国人だけは普通のおじさんおばさんも多い。昨夜同じミニバンに乗ってこの町へ辿り着いたS太はどうしているだろう。連絡先は交換していたが、わざわざ行動を共にするつもりはなかった。
ギターのあるカフェでコーヒーを飲んでギターを弾いていると、隣に座っていた英語のアクセントの綺麗なアルメニア人の女性が貸してくれと言う。ギターを渡すと女性はそれを上手に弾きはじめた。
西洋人の中年夫婦がやってきて、ご主人の方が、カフェのオーナーに言う。「いいエスプレッソを探してるんだが、君のところはいいエスプレッソマシンを持っているかね?」
「持っているとも」
主人はそう答えるがそれが嘘だとぼくは知っている。ここのコーヒーは不味い。なかなかないくらい不味いのだ。ぼくはその悪評判を我慢して飲み込んだ。
昼食は川辺のレストランでビールとチャーハン。川辺と言ったら川辺だ。正真正銘の川辺であり、ぼくはサンダルを脱いであがった座敷席の端っこまでするすると歩みよって川に素足を浸した。ここのレストランは雨季は水没するので乾季だけの営業らしい。カヌーやボートのアクティビティを楽しむライフジャケットに身を包んだ人々が嬌声をあげる。
ホステルに戻ってスタッフに隠れて手洗いで服を洗う。勝手に洗われて勝手にあちこち (ベッドの柵とか) に干されては迷惑なので、こういうことを禁止しているホステルは多い。禁止かOKか分からない場合ぼくは勝手に洗って勝手に干す。そのぼくの背中に突然スタッフのおばちゃんから声がかかり、飛び上がる思いをしたが、おばちゃんはそれを禁止するのではなく、「あんたね、終わったらこっちにきてここに干すんだよ」と親切な指南をしてくれた。
夕食はダックイエローヌードル。アヒルの黄色い麺。ムエタイ道場を通り過ぎて、トイレ欲しさに高そうなホテルに忍び込むとボーイにニーハオと挨拶された。
賑やかな夜市を抜けた町の東には本当にだだっ広いだけの、長距離バスやトラックの駐車場として使われている砂利広場が広がる。薄いサンダルが傾いて足の裏の端がすぐに砂利に擦れる。車道沿いには例によって張り付くように露店が出ていて、客は少ないが、店の子なのか、子どもたちが駆け回る。犬がいるが、そいつが器用に片足で串焼きの棒を抑えて焼き物を食べていた。売り物によってくるハエを追い払うために、剥き出しの扇風機に袋をつけて回しているようなお手製のハエよけが、食べ物たちに覆い被さるようにしてサイレンのごとく回り続けていた。
メインストリートに戻り夜食としてイタリアンの露店に出向く。フォッカチオと赤ワインを頼み、これまた路上を向いた小さな椅子とテーブルで飲み食いした。店の主人は見るからに西洋人だがイタリア人かどうかは判別不能である。
久しぶりの洋食に酔いが気持ちよく回る。明日のバスでルアンパバーンへ行く。そこがラオス最後の町だ。それからタイの北部に抜け、やがてミャンマーバングラデシュに行くことになるのだろうか。
ワインを飲んだのはいつぶりだろう。すぐに思い出せたのはモンゴルで飲んだときだった。あれ以降飲んでいないとすると実に五ヶ月ぶりだった。
日本人がいなくなったと言うヴァンヴィエンにこうして来たわけだが、それが誇らしくもなんともないくらいにヴァンヴィエンは「普通の辺境」であり、ぼくは普通の辺境に行くくらいの経験ならすでに数えきれないほど積んでいた。

(たいchillout)

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