【イスラエル/エルサレム】聖地の屋根裏

エルサレムで寝床をさがす

夜のエルサレムに到着した。バスターミナルの建物を出たところに、トラム(路面電車)の小さな駅があったが、電光掲示板はこの日の便がもう無いことを示している。ぼくはオフラインで使える状態にしていた地図アプリを駆使して、街の中心部まで向かい、宿を探し歩いた。石畳の道を小雨が打ちはじめたが、門を叩いた宿泊施設のあてが外れることを繰り返し、遅い時間になっても寝床は手に入らなかった。
ある宿は地図に描かれた場所に物理的に存在せず、ある宿は鉄の門を完全に閉ざし、ある宿ではクリスマス映画のワンシーンのように、ディナーテーブルを囲む白人の家族が立ち上がって応対に出てくれたが、彼らは客だった。
息を切らして石畳の坂道を登る途中、厳格なユダヤ教徒の男性とすれ違った。黒尽くめで、シルクハットのような帽子を身につけ、もみあげを変わった形に伸ばしている。男性は紳士的な声で、ぼくに good evening と囁き、決して振り返らなかった。
新市街のメインストリートのようなところに到着した。ここまできたら、選り好みしなければどこかには泊まれるだろうと考えた。雨が止んできたこともあり、歩くペースをゆるめたとき、どこからか讃美歌のようなものがきこえてくる。吸い寄せられるようにコーナーをいくつか折れて進むと、静かな街の中で人の集まっている一角があった。
やはり、それは讃美歌の合唱だった。
柔らかな街灯、霧のような雨、どこまでも続く石畳、街の景観に溶け込むトラムステーション、宗教的な服装の紳士、そして路上の讃美歌。ここはあのエルサレムなのだ

 

聖地の屋根裏

メインストリートを通り抜け、再び静かな住宅地に入っていきそうなところにある大きくも小さくもないホテルにぼくは飛び込んだ。空室の有無と一番安い部屋の値段を訊ねると、男性スタッフは450シェケルで空いていると言う。一万二千円を超える価格だ。ぼくは自分の予算ではこのホテルに泊まれないことを伝え、外に出た。男性スタッフはぼくが閉めた扉を押さえて、追いかけてきた。
「予算はいくらだ?」
さっき答えたときと同じ数字をぼくは言う。
「100シェケル
「それでいい。相部屋になるが」
案内されたのは屋根裏だった。屋根裏のスペースは広く、部屋と部屋を隔てる(梁はあるのだが)仕切りがない。それが相部屋と言われる所以だった。それでもベッドとシャワールームがついている。ぼくの部屋にシャワーとトイレがあったので、ルームメイトたちは、ぼくのベッドの脇を通って、男女問わず用をたしにくる。薄暗いその場所で幾人かと手短かな挨拶を交わす。なぜか、マレーシア人が多く泊まりにきているようだった。
荷物を整理し、貴重品をコンパクトなシャワールームに持ち込んだ。熱いシャワーをたくさん浴びた。ダブルベッドに横になれば、傾斜した天井に四角く切り取られた天窓が、ちょうど目に入る。その向こうから木々のざわめき、風の音がする。

2019年4月 たいchillout