【パレスチナ/ラマッラ】人の道を説くことで

黒いタンク

朝、ドミトリーで隣同士だった若いイタリア人男性と話し、「Garage」というカフェがラマッラではおすすめだと教えてもらう。自分は今日もそこにいるから、よかったら来るといい。男性がそう言ったので、ぼくは昼過ぎに「Garage」を訪れた。

パレスチナで実質的に首都としての機能を果たしているラマッラの佇まいは、エルサレムとは一見して違った。中心部にはパワフルな市場の持つ猥雑さがあり、たむろする若い男たちには、ムスリム特有の距離の近さがある。一転して「Garage」の位置する街外れには野原の丘が点在し、のどかな雰囲気がある。共通するのは坂の街であること。
家々はその屋上に黒いタンクを揃って配備している。どうやらパレスチナは水不足であるために、そこには水を貯蔵しているらしい。どのようないきさつがあったのかわからないが、それはイスラエルとの関係において、不遇な目にあわされた結果のひとつらしかった。顔を上げれば黒いタンクがあるのは、インパクトの強い光景だった。この国にとって、象徴的でもある。そして、かすかに不吉でもある。

 

人の道を説くことで

住宅街の小さな店でローストビーフのサンドイッチを昼食とし、その後に訪れた「Garage」でイタリア人男性は本を読んでいた。隠れ家のような、DIY風のカフェだ。ヨーロッパ人が多く、ビールも置いてある。男性は小柄で、洒落たマフラーをしている。ぼくはアメリカーノを注文し、男性に本を見せてもらう。イタリア語版の『キャッチャー・イン・ザ・ライ』だった。もう七回もこの本を読んでいるらしい。
男性はシリア国境近くのゴラン高原や、ガザ地区の近くまで足を運んでおり、イスラエルパレスチナを掘り下げていた。いずれも生半可な覚悟では行けない危険地帯だ。ヨーロッパ人の多くはイスラエルには好意的だがパレスチナには否定的だと男性は言う。そして自分の意見を付け加える。それは「Not true」だ、と。それから鳥山明村上春樹の話をして日本語の成り立ち(漢字、ひらがな、カタカナ)などを教えているうちに、興が乗ってきてぼくはカールスバーグを注文した。

パレスチナ国は世界で138の国から国家としての承認を受けているが、日本はそこに含まれない。我が国のみならずアメリカ、イギリス、フランス、カナダ、ドイツそしてイタリアもパレスチナを国として認めていない。男性の言うように、ヨーロッパが(つまり世界の覇権を握っている国々が)一国として自立していこうとするパレスチナの前に立ちはだかっているために、その道のりはこれからも長く険しいと思われる。
ぼくは一個人として、その是非に言及するほどの知識を持ち合わせていない。倫理なら人並みにあるつもりだが、人の道を説くことで乗り越えられるテーマではないことくらいは、認識しなければと考える。

そういえば、ウズベキスタンで一緒にあちこちを見てまわったアライ青年は、ぼくと別行動をとっていたときの長距離列車の中でイスラエル人の女性旅行者と話をしたという。女性はアライ君に、日本にはなぜ死刑があるのかと質問したらしい。ヨーロッパではほぼすべての国で、二十世紀のうちに死刑制度は廃止された。ぼくたちも、人の道を説くことの難しさを、自己矛盾としてちゃんと孕んでいる。

2019年4月 たいchillout