【中国/広西チワン族自治区/陽朔】雨と霧の十二月

雨と霧の十二月

工藤新一と対になるのは江戸川コナンではない。西の高校生探偵である服部平次だ。同様にして広東省と対になるのは広西チワン族自治区である。中国最大の少数民族であるチワン族が治めるこの省は、土地だけをとってみれば広西省ということになる。広東省と広西省。東の高校生探偵と西の高校生探偵。
その広西省にある陽朔 (阳朔) という地名を知っている日本人はそれほど多くないだろう。日本語読みは「ようさく」らしいが、この土地について日本人と話したことのないぼくは、現地で使い続けた中国語読みの「やんすぅーぉ」の方がしっくり来る。
陽朔は中国では有名だ。広東省省都である広州から広西省の省都である南寧 (南宁) までぼくは直行するつもりだったが、ちょっと待ておまえと言うセンの助言に従い、広州の北西かつ南寧の北東に位置する陽朔を経由することにした。センとスズは言った。南寧は「ただの街 (just city) 」だと。いいから黙って陽朔まで行けと。

興坪 (兴坪:しんぴん) で高速鉄道を下車した。雨と霧の十二月。すでに駅のホームに、他では見ることのできないその独特な形の山々が迫っていた。寒波が停滞している上にここは海抜高度も高い。傘を持つ手が冷たくて、何度も持ち手を変えた。喫茶店かなにかで暖をとってから行動したかったが、駅前にはバスの券売所が一つあるだけだった。
陽朔の景観は、二十人民元紙幣に描かれている。そこにあるのは山と湖だ。しかしただの山と湖ではない。普通の山は天辺にいくにつれ急角度となるが、陽朔の山はその限りではない。概ね、天辺はこんもりと丸い。こんもりと丸いそれが、突然急転直下、そのまま湖に突っ込むか、かと思えば突然もう一度こんもりし、ラクダの背中のように二コブ三コブと連なっていたりする。突然変異で背が伸びてしまったマリモのようにも見える。そうした山が湖と陸地を縫うようにして、あるいは湖が山を縫うようにして、共生している。山を覆うのは木々だが遠目には苔むしているようにも見える。晴れた日も美しいだろうが、今日のような雨と霧に包まれた様も良かった。幻想的で、まさに中国奥地という感じがする。
駅から乗ったバスを終点で降ろされて、センに教えてもらったユースホステルまで歩く。町といえるほどの町じゃない。食事処と土産物屋と中小規模の宿が数区画に並ぶ田舎の観光地風情だった。ユースホステルは、湖が開けた船着き場のほぼ正面という好立地にあった。


アット・ホーム

ホステルの内観はロッジ風で二棟ある。ぼくのドミトリーは別棟、新館だった。それぞれの棟の一階は広い共有スペースであり、軽食がとれる。早速サンドイッチとコーヒーをいただいた。ドミトリーは暖かかったが、ここは広すぎるせいか隙間風のせいか、暖房の効きがよくない。ドミトリーは四人部屋で、西洋人のカップルと長期滞在風の中国人かと思われる男性がいた。後で知ったことだが、中国人かと思われた男性は、中国系のアメリカ人だった。
チェックインのときに今夜はダンプリン・パーティーがあるから参加するかと訊かれた。ダンプリンは餃子。つまり餃子パーティーだ。みんなで餃子をつくって食べるらしい。参加してみることにした。事前知識を持たずここまで来たが、あまり町でできることはなさそうだった。こうした田舎では、行くとこに行ってしまうと出歩く用事がなくなる。そのために宿内での人の繋がりが出来やすい。宿の方でもそうした側面に力を入れている「アット・ホーム」な宿が多かった。

周知の通り「アット・ホーム」は諸刃の剣だが、ぼくはなるようになるだろうと構えて、十八時に本館の一階に集合した。すでに餃子作りは始まっていた。一列の木の長テーブルが長椅子でサンドイッチされている。十人はいるが二十人はいない。餃子の種の入ったボウルがいくつかあり、そこから皆思い思いの形で皮に包んでいた。プロジェクターで何かの映画が上映されている。字幕は英語。暖炉があるが火はない。壁には古いギターが掛けられ、飼い猫がいる。
ぼくは餃子を包む前に凍てつく水道水で手を洗ってきて、件の中国系アメリカ人の隣に座った。そこは端っこだったが、すぐに新たなゲストが現れ、ぼくの隣に椅子が置かれた。全体の人種構成は中国人と西洋人が半々くらい。何を話せば良いのやらわからなかったが、それは皆同じで、よそよそしいながらも穏やかに餃子を包む平和な光景が繰り広げられた。
ぼくの右に座ったのは中国人の男女だった。隣が男性で、男性の正面が女性だ。カップルには見えない。男性は全く英語を話さず、田舎のゲームセンターにいる中学生がそのまま大人になった感じだ。運動していない熊のように体が大きく、ニコニコしていてとても良いやつだということは分かる。だが一方の女性は自然な英語を話す上にいかにも理知的でシャンとした麗人であるために、二人はあまり釣り合っていない。

つづく

(たいchillout@アルバニア)

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