【モンゴル/ウランバートル6】あーみーとーふーぅー編

ドライブ

ウランバートルは小さい。あっという間に郊外に飛び出した。草原だ。
信号のない車道を、ナイスガイはナイスガイらしく、ぶっ飛ばしていく。対向車線にはみ出して前の車を追い抜く。
ナイスガイはイケてるモンゴリアンミュージックをかける。ロック。ポップス。ラップ。酔い止めを飲まなかったのは正解。少しも酔わない。最高の気分だ。ぼくはドライブというやつを楽しんでいた。

「楽しんでるか?」
ぼくが黙っているとそう聞いてくる。ぼくは馬や牛を指す。
「ああグッドだ。あの動物たちは野生なのか?」
「ちがう。野生じゃない」
電車からみえた動物たちは野生だと、ドックたちが言っていた。都市近辺の動物は飼われているのかもしれない。
「そうか。彼らはキープされてるんだね」
「いや、キープはされてない。フリーだ。でも夜になるとみんな家に帰るんだ」
「家だって?彼らには家があるのか!?」
「ははは。そうだな。家があるんだな!」
馬も牛もみんな同じ。夜になると家に帰る。それでもキープはされていない。何が面白いのか、ぼくらは一緒に笑った。

 

馬とラク

舗装されていないデコボコ道に入ってしばらく、最初の目的地『テレルジ国立公園』についた。バッグを置いてけよ。ナイスガイはそういったがぼくは背負って外に出た。
山に囲まれて、亀の形の大きな岩があった。ゲルがあって、中は土産物屋になっていた。4人は思い思いに歩き回り写真を撮った。ゲルの前にビリヤード台があった。青空ビリヤードだ。モンゴル人らしき男性2人がリラックスした様子で玉を突いていた。雄大な自然以外にあまり見るところはなかった。馬に乗りたいか?ナイスガイが聞いてくる。
タダか?
タダだ。
それなら乗りたい。
馬に乗ったことはあったがとりあえずそう答えた。馬乗り場に車で移動すると、馬とラクダがいた。クラウラとシャオロンは、馬に乗るか決めかねているようだった。
30分かかる。とナイスガイは言った。そんなに乗るのか。どうやら馬に乗って次の目的地まで移動できるようだった。クラウラとシャオロンは中国語で何か話していた。2人を待たせるのも、別行動するのも、なんか違う。やっぱりやめると断ろうと思ったら、クラウラが、やっぱり自分たちも馬に乗ると言った。

どうせならラクダに乗りたい。そうリクエストを出してみると意外な答えが返ってきた。
ラクダにも乗れるが、この道は険しくて、ラクダは歩けないんだ」
ラクダは軟弱なようだった。

 

アクティビティの枠を超えて

馬にまたがる。しかし手綱は握らなかった。3人分の手綱を握ったのは民族衣装を着たモンゴル人の少年だった。少年は自分の馬に乗りながら、ぼくたちの馬を先導した。ナイスガイは先に車で行っているとのことだった。少年と馬とぼくたちの周りを、たくさんのハエが舞っていた。

思ったよりも乗り心地が良く、気持ち良い。以前に馬に乗った場所が日本のどこなのか思い出せなかったが、大事なのは馬に乗ることではなく、どこで馬に乗るかということだと分かった。モンゴルの山、空、風に包まれていると、単なるアクティビティの枠を超えて、こうして馬に乗ることがここにいる自分の正しい姿なのだと思わされた。クラウラは少年の姿を写真に収めていた。

 

「ハロー」
シャオロンが少年に声を掛ける。振り向いた少年にシャオロンが手を差し出す。少年はシャオロンに手綱を渡した。なんとシャオロンは自分で馬を扱いはじめた。ときどきおかしな方向に行って少年にモンゴル語で怒られていたが、なんとかついてきていた。

 

「趣味は?」
馬に乗りながら、ありきたりな質問をした。
「うーん……。趣味は?」
クラウラは考え込んだあげく、ぼくに聞き返した。
「ぼくの趣味は音楽。ギター」
どんな場合でもとりあえずそう即答することに決めている。それを受けてクラウラは続ける。
「おさむらいさんって知ってる?」
「さむらい?」
ジャパニーズトラディショナルなラストサムライ的なあれだろうか。渡辺謙だろうか。
「ちがう。ニコニコのギタリスト」
なんと、中国の若者はニコニコ動画を見るのか。おさむらいさんは日本のアニソンをギターでカバーをしつつオリジナル曲もつくっているらしかった。
「ニコニコ好きなの?」
「うん。中国にはビリビリ(bilibili)っていうニコニコみたいなのがあるんだけど、ニコニコのほうが好き」
改めて趣味を聞くと、映画、音楽、アニメ、読書、旅行。日本の若者となにも変わらない。いやそれどころか、クラウラのセンスは日本の女子大生の平均を遥かに上回っているように思えた。白スニーカー、白Tシャツ、黒スキニーととてもシンプルなコーディネートに、カーキ色の薄手のミリタリー風トレンチコートを羽織り、パープルのバケットハットを被るだけでビシッと決まっている。腕時計や首から下げたカメラ、黒のポシェットなどの小道具も必要十分だった。

 

無邪気な営業マン

「あーみーとーふーぅー」
「あーみーとーふーぅー」
シャオロンが大声でなにか言っている。気分が良いのだろう。中国語で「楽しいな」くらいの意味だろうか。クラウラに聞くと笑ってる。
「あんな中国語きいたことない」
シャオロンに意味を尋ねてくれた。
「あーみーとーふーぅー」は仏教の言葉らしい。シャオロン曰く、「なにか良いことがおきたときに唱えると、今後も良いことが続いていくのだ」とのことだ。なるほど。おまじないの類なのだろう。シャオロンはいまとても良い気分なのだ。
「あーみーとーふーぅー」
「あーみーとーふーぅー」
山に向かって、空に向かって、シャオロンは何度もそう唱える。まったく、無邪気な営業マンだ。
「あーみーとーふーぅー」
ぼくも大きな声で言ってみた。

 

馬から降りて、お寺と公園が一体となった『Aryabal Meditation Temple』に入場した。
東屋のような場所にあったルーレットを回した。屋根付きの天井からぶら下がる大きな鐘のようなものを手で回し、鐘と連動した針が止まった場所にある数字がラッキーナンバーらしい。ぼくのラッキーナンバーは33だった。
オンボロの橋があった。クラウラは大きくステップを踏んで、わざわざそれを揺らしながら渡った。
お寺の中にはダライ・ラマの写真があった。ダライ・ラマもここを訪れたらしかった。
現地の人が結婚式を挙げていた。たくさんのブッダがいた。
ブッダの前に来るたびにシャオロンは時間をかけてお祈りした。クラウラもぼくもそれを待った。シャオロン、きみは仲間に恵まれている。

 

場所を変えてモンゴル伝統料理の昼食を食べた。食事はツアー代金に含まれている。ゲルの中で食べた。美味しかった。馬のミルクからできたホースワインを飲んだ。

 

スフバートル広場のチンギス・ハンよりも大きな、『CHINGGIS KHAN STATUE』にきた。馬に乗ったチンギス・ハンの巨大な像の足元にレストランと博物館が併設されている。ぼくらは博物館に入場した。モンゴルの歴史を辿った。馬の頭の上にある展望台に登った。外に本格的な弓矢で遊べるアクティビティがあった。ナイスガイに勧めれた。最初は3人とも断った。結局は3人とも弓矢を放った。

車に乗る。次の目的地はいよいよキャンプ場だ。カーステレオを指してぼくは言う。
「この音楽好きだ」
ナイスガイがバンド名と曲名を教えてくれる。コード進行は全パターン同じで、まったく同じメロディのコーラスパートとまったく同じフレーズのサックスパートが永遠と繰り返されるだけの潔い曲だった。
道路の舗装が無くなってから、しばらく強い揺れに身を任せた。そしてぼくたちは山の麓のキャンプ場に到着した。iPhoneを見ると圏外になっていた。せっかく買ったsimだが、それもここでは無意味だった。

(たいchillout)

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